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ひと/TMTマシナリー社長に就いた・三木勝策氏/ニーズを常に先取りする

2011年07月06日(Wed曜日) 午後1時44分

 6月28日付でTMTマシナリーの社長に就任した。東レエンジニアリング、村田機械、ナブテスコ(旧帝人製機)3社合弁による“オール・ジャパン”の化合繊機械メーカーとして「ユーザーのニーズを常に先取りした開発を進める」と話す。

 村田機械に入社以来、主に輸出畑でキャリアを積んできた。初めて担当した地域は台湾。当時の台湾は紡績、合繊メーカーともに勢いがあり「紡績機械と化合繊機械の両方を扱えたことが後々、大きな財産になった」と振り返る。紡績機械、化合繊機械ともに猛烈な勢いで自動化の波が台湾に押し寄せていた。そのニーズに対応した経験が、現在にもつながっているという。

 化合繊機械の競争が激化するなか、東レエンジニアリング、村田機械、帝人製機(現ナブテスコ)の3社が合弁でTMTマシナリーを設立するのが2002年。画期的な出来事だった。三木さんも当初からプロジェクトに参画する。  「当時は3社とも極秘プロジェクト。社内でも知っているのは、役員のほか、わたしの直属の部下だけ。実際に会社設立までには、3年間の時間が必要だった」。3社合弁の苦労を知っているだけに、社長に就いた今でも「今後も業務の簡略化を進めたい」と、企業としての一体化に心を砕く。

 同志社大学卒業後、米国の大学院に単身留学した経験も。カルフォルニア州オレンジ郡で暮らした。当時、日本人留学生は三木さんだけ。ほとんどの留学生が新興国からで、ルームメートもイラン人だった。「当時のことを思うと、今中国やインドに一人で行くのは、なんでもない」とか。現在も世界中を飛び回る三木さんの行動力の原点になっているようだ。

 学生時代はスキーに熱中したスポーツマンである。ただ、「30歳を過ぎてからは、もっぱらゴルフばかり」と笑う。子供のころから空手道場にも熱心に通った。その縁で、現在は魚本流空手の宗家と親しく、魚本流の相談役も務める。とにかくエネルギーの塊のような三木さん。社長としても、バイタリティにますます拍車が掛かりそうな予感がする。

みき・しょうさく

 1979年村田機械入社。繊維機械事業部輸出部長、販売統括本部長などを経て2002年TMTマシナリー副社長営業本部長。11年6月28日付で社長就任。大阪府出身。58歳。