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秋季総合特集【5】トップインタビュー・機械編 TMTマシナリー/理事営業本部長 四宮 進一郎 氏/“省エネ・省力化”がカギ/中国での競争激化に備える

2013年11月15日(Fri曜日)

 ポリエステルを中心に中国で合繊プラントの大増設が進むなか、TMTマシナリーのテークアップワインダーや仮撚り機など合繊機械も好調な受注を続けている。だが「中国の合繊産業は明らかに過剰投資。今後、企業間の競争激化と淘汰の波が必ずやってくる」とTMTマシナリーの四宮進一郎理事営業本部長は警戒感をあらわにする。合繊増設ブームが終わった後、新たな需要創造のカギは“省エネ・省人化”にあると強調した。

(しのみや・しんいちろう) 1982年村田機械入社。2002年TMTマシナリーの発足に伴い第一営業部長(中台アセアン管轄)として転属、2012年から営業本部長。

――中国を中心に合繊の増設ブームが続いています。

 当社のテークアップワインダーや仮撚り機も納期が長くなっています。かなりの受注残があるのですが、そのLCも順調開かれている状態です。ただ、ここに来て新規受注は、やや伸び悩んできました。中国のユーザーも、明らかに“やり過ぎ”といった感覚が出てきたからです。というのも、中国の合繊メーカーの利益率が低下してきており、それが設備投資意欲を減退させています。過剰投資に対して当局も警戒感を強め、設備新設の許可は今年5月を最後に止まっています。

 合繊の生産プラントというのは、紡績や織布などのように各工程が順番に稼働していくのではなく、紡糸・巻き取り・仮撚りといった一連の工程が垂直的に立ち上がっていきます。これが重なると急速に過剰生産に陥るという危険性があります。現在の中国は、まさにこの状態。多くの製造設備が建設中ですが、これらが順次立ち上がってくることで、かなりの過剰設備・過剰生産に陥る可能性が無視できません。

――中国以外の市場はいかがですか。

 台湾は量的には大きくないが、安定した受注があります。ベトナムも設備投資が増加傾向です。一方、期待していたインドは、あまり良くありません。毎年、期待は大きいのですが、国際収支が慢性的な経常赤字のため金利が極めて高いという経済情勢がやはり、設備投資にとって逆風となっている面は否定できません。

――今後の見通しと戦略については。

 中国は明らかな過剰投資となっていますから、今後は競争激化による合繊メーカーの淘汰が避けられないとみています。そうしたなかで、中国でも恐らく、従来のように大量生産によるコストメリットを追求するのではなく、高付加価値のモノ作りを志向することで生き残りを図ろうとするメーカーが出てくるはず。当社としても高付加価値のモノ作りを可能にする機種を、そうしたメーカーに対して提案することが重要になってくるでしょう。とくにカギを握るのは“省エネルギー”と“省人化”です。取りわけ紡糸設備やテークアップワインダーでこの傾向が強まるでしょう。エネルギーコストや人件費がこれだけ上昇すると、メーカーにとって保有する設備の省エネ性能・省人化対応力がそのままメーカーの競争力に直結するからです。そこで、省エネ・省人化に焦点を当てた革新技術を投入した機種を開発・提案して既存設備からの更新需要を作っていくことが、非常に重要になってくるでしょう。そうやって中国での競争激化に今のうちから備えることが大切です。

 仮撚り機については、日本や台湾のユーザーと連携して性能の高度化を進めます。例えば、複合糸に対応する仮撚り機などの開発に取り組みます。紡糸設備、テークアップワインダー、仮撚り機ともに、すでに具体的な開発にも着手しています。

――来年の「ITMAアジア」、2015年の「ITMAミラノ」と国際展も続きます。

 ITMAアジアには出展を予定しており、最新のボビンホルダーやワインダーのラインアップを紹介することになるでしょう。ただ、中国の景気次第ということもあります。景気がもし悪化するようでしたら、有力取引先を招いてのプライベートショーを開催することも視野に入れています。とくにPOY用のテークアプワインダー「オルカ」が世界的にヒットしていいますから、仮撚り機とセットで提案することを考えています。ITMAミラノに関しては、実際のマーケットというよりも新しい技術を発表する場として活用することになるでしょう。できれば、現在開発している革新技術のコンセプトだけでも披露したいですね。

オリンピックの思い出/休みを取って見たソウル

 「やはり1988年のソウルオリンピック。入社以来、初めて取った長期休暇でソウルまで見に行った」だけに思い出深いとか。とくに印象に残っているのが生で見た男子100㍍走決勝。ベン・ジョンソンとカール・ルイスの激突と、ベン・ジョンソンのドーピングによる失格という衝撃のレースだ。「その後、3年ぐらいは就職ガイダンスの場などでも、その話をした」というインパクトだった。