メーカー別 繊維ニュース

ひと/ダイワボウホールディングス次期社長に就任する野上義博氏

2015年05月13日(水曜日) 午前10時10分

グループ再改革で1兆円企業へ挑戦

 「阪口社長から打診されたのが昨年の盆明け。10年近く繊維を離れ、また(社長と)年齢的にも近く正直、辞退しようと思った。しかしグループの中核事業を担当してきた責務なども考え決意した」のが、2カ月後だった。それから半年余、今回の人事が外部どころか内部でも一切漏れなかったのだから見事というほかないが、同時にこの人ならむべなるかなと納得がいく。

 紡績事業の営業畑を約30年歩き、10年前にダイワボウ情報システム(DIS)に移る。性格的に徒党を組んだり群れることをよしとせず、むしろ常に「一人である」という姿勢を貫いてきた。かといって人付き合いが悪いというわけではない。誘い誘われての飲み会等もごく自然だが、二次会はよほどのことがない限り遠慮する。

 同じ紡績営業で長年にわたって苦楽を共にしてきた阪口政明社長は、後継指名についてこう答えた。まず紡績をはじめ繊維事業に精通している。次いでITインフラ流通部門をグループ全売り上げの85%、利益でも70%前後稼ぎ出す事業、具体的にはDISを年商5000億円の我が国トップディストリビューターに育て上げた経営手腕。言うならば企業トップとしてのリーダーシップと分析能力の高さなどを指摘する。

 加えて「忍耐強い」その性格を強調した。野上氏を良く知る同社のOBも「コツコツと粘り強い営業で繊維業界、とりわけ彼(野上氏)が実力を発揮して実績を積んだ寝具寝装業界では“野上ファン”が多く、今でも付き合いは多いはず」と語る。

 50歳代後半でメーカーから卸商社へ、それも扱い品目が寝具寝装・リビングなど繊維製品からパソコンなどIT商品の世界に飛び込み、しかもグループの中核事業の経営を任されるのだから、リーダーシップなどの経営資質とともに、よほどの忍耐強さが求められたはずだ。

 いまやIT業界におけるリーディング・ディストリビューターとしてNECや富士通の首脳と接する際も、かつて羽ふとんの商品価格が需給失調で乱高下したことを引き合いに出し、「パソコンなどIT機器も行き過ぎた価格競争はメーカー、流通業を含め市場を混乱させ禍根を残す」などとと論陣をはり、業界のトップ連を納得させている。

 ダイワボウグループは今期から、新たな成長モデルの確立とグループ企業価値の向上を目指す新経営3カ年計画「イノベーション21第2次計画」をスタートさせた。具体的にはITインフラ流通、繊維、産業機械の中核三本柱を基軸に、国際マーケットにおけるグループの成長戦略を推進する舵取りを託されたわけだが、社会構造が急速に変化する状況下にあるだけに「野上丸」の船出には当然、暴風雨・荒波も予想される。

 それを見越したのか記者会見の場で阪口社長は、グループの単なる「再構築」ではなく、あえて「再変革」を後継者に求めた。受けて野上氏は気負うことなく、前中計の基本方針の継承などで経営指針を向上させたいと淡々と語る。しかも、時期の明言は避けつつも「いずれは売上高1兆円を目指したい」と、さらりと言ってのけ、同席したグループ幹部をどきりとさせる一幕も。

 信条や趣味などはあえて挙げない。しつこく聞くと「何の計画もなく、知らない街や路地をぶらぶらと歩き回ることが趣味」と応える。お気に入りのかばんを肩に下げてぶらぶらと歩きつつも、頭の中で色々と青写真を描いているのだろう。「DISでは組織やグループ会社をくちゃくちゃにしてきた」とシャイな言い回しで実績を隠す。ただ続けて「繊維事業をくちゃくちゃにしたら嫌がられるかな」との独白が聞こえたような気がした。 (月)

 のがみ・よしひろ 1973年九大・経卒、旧大和紡績に入社。以来、寝具寝装分野中心に一貫して営業畑を歩む。06年DIS取締役、09年ダイワボウホールディングス常務執行役員兼DIS社長などを経て、15年6月代表取締役兼DIS社長に就任予定。福岡県生まれだが幼少より長崎で育つ。DISの幹部・全社員に「挑戦しよう」を呼び掛け、けん引してきた。65歳。