メーカー別 繊維ニュース

特集/アジア繊維産業Ⅰ(1)

2016年09月14日(Wed曜日) 午後6時2分

〈アジア戦略のリバランス/構造変化と有機的結合へ〉

 日本の繊維産業は歴史的に見て常にアジアの繊維産業と連動する形で発展し、変化してきた。この構造は今日でも基本的に変わらない。そしてアジアの繊維産業も内実は多様だ。世界の繊維産業において圧倒的な存在感を持つ中国、成長著しく“チャイナ・プラス・ワン”として注目の高まる東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々、日本の繊維産業と歴史的に深いつながりを持つインド、パキスタン、そして縫製拠点として存在感が高まるバングラデシュなど南西アジア諸国。こうした多様性の中で日本の繊維産業はどのような戦略を取るかを本特集では2回に渡って考察する。

〈見落とせないアジアの多様性〉

 日本にとって“アジア”とは、常にそれを語る人によって、ある種の一面性を帯びるケースが多い。アジアとは、例えば中国のことであり、東南アジアの国々であり、インドやパキスタンこそがアジアであるという。しかし、実際は多くの国と民族と宗教・風俗が併存する多様な空間だ。「アジアは一つ」と言うとき、既にそこには“アジアは一つではない”という現実への視線が含まれることを忘れてはいけない。

 ただ、多様なアジアも、歴史的に地政学的システムとして幾つかの地域が存在してきた。アジアの中心部を占める中国、海によってつながる東南アジア、中近東と欧州へとつながる南西アジアである。これら地域が、ときに対立的に、ときに補完的に存在してことがアジアというシステムを構成する。日本にとっての“アジア戦略”とは、常にこのシステムとどう対峙(たいじ)するのかという問題である。

 これは日本の繊維産業とアジアの繊維産業について語るときにも当てはまる。歴史的に見て日本の繊維産業にとってアジアは、原料供給先であり競合国である南西アジア、綿糸・綿織物の輸出市場として出発し、現在は供給拠点となった東南アジア、そして近年に圧倒的な生産力と競争力でアジアの繊維産業を圧倒した中国と関係してきた。こうした多様なアジアの中で、日本の繊維産業はアジア戦略を常に変化させてきた。その際にアジアの多様性を見落とさないことが重要になる。

〈アジア繊維産業の地殻変動〉

 現在、アジア繊維産業は大きな地殻変動に見舞われている。1990年代以降、中国の改革開放政策が本格化したことで、良くも悪くも過去30年間は中国の繊維産業が圧倒的な存在となってアジア繊維産業の在り方を決定してきた。日本にとっても中国は重要な生産拠点となり、特に縫製業の移転が急速に進んだ。安価な中国品との競争によって、ファイバー・テキスタイルビジネスも中国抜きでは考えられなくなっている。

 こうした状況に変化が起きたのが2010年代に入ってからだ。中国の目覚ましい経済発展は人件費の上昇をもたらし、労働集約的な繊維産業の国際競争力を減退させた。日本では“チャイナ・プラス・ワン”の言葉が生まれ、中国に続く縫製拠点やテキスタイル生産拠点として東南アジアへの注目が高まる。日本とASEANの経済連携協定(EPA)発効が、こうした動きに拍車を掛けた。

 だが、東南アジアもまた中国同様に人件費上昇という問題に直面する。このため縫製は最近、バングラデシュなど南西アジアにまで代替地を求める動きが加速する。同時に、現地で調達できる素材バリエーションが貧しいという問題も浮き彫りになった。綿糸や綿織物の調達ソースとしてもインドやパキスタンの存在感が増してきた。

 こうしたアジア繊維産業の地殻変動によって、日本の繊維産業のアジア戦略は、より最適化に向けた組み換えが求められている。日本を含めた各地域での事業をどのように有機的に結合させていくかという問題だ。日本とアジアのサプライ・チェーン・マネジメント全体を見据えた取り組みが必要だ。そういった“アジア戦略のリバランス”が進められようとしている。

    ◇

 こうした観点から今回の特集は「アジア戦略のリバランス」をテーマに掲げた。

 14日付特集の巻頭企画ではアジア地域研究の権威である政策研究大学院大学の白石隆学長(日本貿易振興機構アジア経済研究所長兼務)に現在のアジア地域の地政学的構造についてインタビューした。アジア各地域は常に対立的であり、相互補完的である。そうしたシステムとしてのアジアの中で日本はどのような位置と戦略を取るべきかについて聞いた。

 また、アジア諸国の経済指標などをビジュアルにまとめることで、各国のポテンシャルを分析した。

 同じく15日付の特別企画として「アジアのモノ作りと生地販売のポテンシャル」をテーマに、小松精練とスタイレムの幹部にアジア地域でのテキスタイル生産・販売事業の課題と戦略を語ってもらった。

 アジア諸国の中でも中国、タイ、インドネシア、ベトナムについては現地リポートを2日にわたってお届けする。日本からは見えにくい現地の実態をお伝えすることができるだろう。また、ダイセン上海支局開設10周年を記念して、15日付に東レと伊藤忠商事の在中国トップ対談を掲載する。

 現在、日本でもアジア戦略を積極的に再構築している企業も多い。そのような企業の戦略を「アジア戦略ケーススタディー」として紹介すると同時に、さまざまな繊維企業の取り組みについても「わが社のアジア戦略」として2日間にわたって紹介する。

〈白石隆政策研究大学院大学学長に聞く/「リバランス」と「一帯一路」の間で/TPPは重要な役割担う〉

 米国・オバマ大統領のアジア太平洋地域を重視する「リバランシング(再均衡)」戦略。これに対抗する中国・習近平主席の「富国強軍」を背景にした「一帯一路」(シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロード)構想。中国の入っていない地域的な安全保障システムの上に、中国をハブとする地域的な通商システムが築かれ、東南アジア諸国連合(ASEAN)、南西アジアでは宗教・経済格差を含めた多様性と対立・補完関係が生じている。東南アジア政治経済研究の権威である白石隆政策研究大学院大学学長に、アジア地域の地政学的構造などを聞いた。

  ――中国の台頭が著しいが、南シナ海では強引な手法も目立ちます。

 16年前の2000年の中国の世界経済に占めるシェアは3・7%でしたが、10年には9%を超え、18年には14%を超えると予想されています。一方、北米と欧州連合(EU)を合わせたシェアは2000年の60%から10年には52%、18年には50%を切るでしょう。経済規模のパワーシフトが起こりました。

 中国の行動には、二つのことが起こっています。まず、舞い上がってしまったということ。習近平政権はアジアの盟主としての自分たちを実現したいと行動し始めている。中国はどこよりも大国だから、言うことを聞けよという姿勢が出ています。

 中国の軍事費は冷戦の終わった1989年から毎年14~15%伸びている。どの国も、この調子で経済が成長し軍事費が拡大すると大変なことになると考えています。その一方で経済成長の減速。10%の成長が7%を切り、4~5年先には3~4%になるという予測も。

 過去25年で実質の国民所得(現地通貨建て)は8倍に増えました。大半の国民はこれからもそのくらいのスピードで生活が良くなっていくと思っています。しかし、そうはならない。これは期待が不満に転じる政治的問題となります。社会保障制度が整備できていない中で、これにどう応えるか。ナショナリズムを訴求するかもしれない。中国はこれから10年ほど非常に難しい時期を迎えるでしょう。

  ――米国は「リバランシング」を推進します。

 米国のリバランシングは、アジア太平洋地域への軍事的配備を強化するだけではなく、TPP(環太平洋連携協定)で米国中心の秩序を魅力的なものにするのが狙いです。米大統領選挙でクリントン氏が大統領になれば、TPP批准の方に転じるのではないかと期待しています。その前に日本、豪州、カナダなどが批准し、既成事実化させておくことも必要でしょう。

  ――TPPへのASEANの動きは。

 タイ、インドネシア、フィリピンはTPPに加盟しないことがリスクになると考えています。繊維産業のベトナムへの投資も急速に増えている。それを見て、インドネシアもタイも入らざるをえないと思う。そういうゲームになっています。TPPは将来の貿易秩序を考える上で重要です。

 中国には今、TPPに入るオプションがないと思われます。2012、13年ごろにはあったと思いますが、「一帯一路」になりました。リバランシングというのは中国包囲網ですので、それを崩すのが一つの目的。もう一つは国内の公共投資の効率が悪くなり、国際的に進め、過剰生産を外に出すのが狙いです。そのせめぎ合いがある。

 日本のインフラ輸出は中国から見れば邪魔でしょう。ASEANやパキスタンからすると、インフラ整備は多額の投資が必要ですから一帯一路はありがたい。しかし、10年前ですが、中国はインドネシアに火力発電所を八つ作ったが、七つはもう動いていません。中国の経済協力は中国人労働者を連れていくのでいろいろ問題も起こる。5年くらいの幅で見ると中国の協力も反発を経験することになるでしょう。

  ――ASEANでも中国との関係はそれぞれ異なります。

 中国と領土問題があるかが一つ。国境を越えたインフラ整備が経済の成長戦略に直接関与するところと、そうでないところとの差もあります。ベトナムを除いて大陸部は領土問題を持っていません。タイ、ラオス、カンボジアは警戒心を持っていない。一方、アジアの海洋部は領土問題がある。領土問題と広域のインフラ整備を考えると、立ち位置が違ってきます。

  ――ベトナムは。

 ベトナムは日本にとって重要な国ですが、そんなに強い国でもない。連携はしますが、彼らのゲームに引き込まれるのは警戒がいる。ベトナム政府は安保も、経済政策や人材育成も戦略的に実行している。輸出のエンジンになる産業を誘致したいでしょう。

  ――韓国、台湾は。

 韓国は大きな判断として、中国と米国との関係をしっかりやれば、安全と経済的繁栄は維持できると考えている。米国のリバランシングの中で、インド太平洋の安全保障に組み込まれ、重要な役割を果たすのは避けたいと思っているのでは。同時に中国との摩擦も避けたい。中国は重要な輸出先ですから。台湾は現状維持しかない。日本にとってもそれが望ましい。

  ――南アジアは。

 一帯一路が最も進んでいるのがパキスタンでしょう。事実上の同盟関係にあるとも思われます。高速道路などの経済協力だけでなく、軍事交流でもパキスタンと密接です。これはインドからみると嫌なことです。インドは超長期でみると米国、豪州、日本との連携に向かって行かざるを得ない。

  ――日本はどう折り合いをつけたらいいでしょうか。

 外交・安全保障では日米、米豪、米韓など米国中心のハブとスポークスのシステムネットワークを基礎にします。対外経済政策では市場自由化を基本に経済連携、自由貿易のルール作りに積極参加し、世界の金融秩序化にも貢献することです。また、超大国意識を捨てること。繊維においても日本はアジアで一番大きいプレーヤーではない。まじめ、律儀といった信頼できるパートナーと思われている。この無形の財産を生かしていく方がいいと思います。

〈しらいし・たかし 1972年東大教養学部卒。75年東大東洋文化研究所助手、79年東大教養学部教養学科国際関係論助教授、87年コーネル大アジア研究学科・歴史学科助教授、96年同教授、同年京大東南アジア研究センター教授、2005年政策研究大学院大学副学長、07年日本貿易振興機構アジア経済研究所所長(現在に至る)、11年から政策研究大学院大学学長。〉