光るファッション企業の針路 KanFA次の10年へ(43)

2017年02月17日(金曜日)

池田商店

大阪最古のスーツ店

 ユニフォームアパレルの池田商店は南海、京阪、阪急といった関西の大手私鉄をはじめ、大阪市交通局や官公庁の制服の企画・販売を主力とする。企業名こそ誰もが知る会社ではないが、納入する制服は関西では多くの人が日々、目にするような身近な交通機関で着用されている。

 来年で創業130年を迎える。その歴史をたどると同社が大阪最古の紳士服企業の一つであることが分かる。創業者は、1865年に福井で生まれた池田英太郎。11歳で大阪へ丁稚奉公に出て洋服業を見習った。日本の洋装化がさらに深まると見た英太郎は鹿児島へ赴き、最先端の洋服や軍服の縫製技術を身に付けた。23歳で「池田英太郎註文洋服商」を大阪天満宮近くに創業した。

 開業してからは、舶来生地を使い、顧客の注文に合わせて縫うオーダーメードの高級紳士服も仕立てていた。現在では安価な海外生産品に押され規模は小さくなっているが、祖業として今でも唯一の店舗として大阪センタービルの地下一階で営業を続けている。

 日露戦争時は、官立工場での軍服の生産が追いつかず、池田商店は軍服軍帽を作る用達商となった。1909年、次々と誕生した鉄道企業の制服を請け負うようになり、そこでの実績から系列の百貨店への出店もするようになった。阪神百貨店の紳士服売り場のワンフロアを全て任されていた時期もあったという。

 2代目の徳蔵氏は、生地や衣料が配給になった太平洋戦争中、「日本衣料製品統制株式会社」の役員も務め戦後は業界団体の役員を歴任した。日本の経済成長に合わせて、池田商店は飛躍的な発展を遂げる。徳蔵氏は本業とは別に金融業にも力を入れた。現在のアプラスやジェーシービーの前身となる企業の設立にも関わっている。

 3代目の孝蔵氏が社長だった1965年以降、紳士服の生産は段々と海外が主流となり、苦戦が続き百貨店からは徐々に撤退。その代わりに直営店を近畿一円に展開し、最盛期には30店にも上った。これと同時に大阪や岡山の直営工場を閉め、生産は商社へ外注するスリム化を進めた。1990年には、本社ビルを新築し、テナント収入でも本業を支える体制を整えている。

 私の信念

 100年以上取引が続いている顧客も多い池田商店。4代目社長の池田吉孝社長は「企業の担当者や着用者へのきめ細かなサービスを続けることが大切」と話す。少量だが学生服も手掛けており、今後は百貨店との強固な関係を軸に新たな取引先を増やせないか検討していくという。

  (毎週金曜日に掲載)

池田商店

社名:株式会社池田商店

代表者:池田 吉孝

本社:大阪市中央区高麗橋

   2 ‐5 ‐10

電話:06‐6231‐1657

URL:http://ikedashouten-osaka.com/