秋利美記雄のインドシナ見聞録(35)/巨大市場を眼前に

2017年02月20日(月曜日) 午後3時55分

 旧正月休みは南インドを旅した。

 ちまたで言われるインドというのは、デリーやバラナシやコルカタなどに代表されるインド北部であって、さまざまなトラブルの待ち受ける、できれば避けたい土地柄。対して、南インドはそもそも住んでいる人種からして異なり、秩序が保たれて安全だと聞いていた。果たしてその通り、不快な目に合うこともなく過ごせた。

 南インドの中でも、南西部のケララ州は観光のメッカだ。大航海時代に築かれた貿易拠点の古い洋風の街並みに郷愁を感じ、椰子の生い茂る水郷地帯で舟遊びした。日本ではエステで知られるアーユルヴェーダはこの地が発祥地であり、インド洋に面したビーチではこの伝統療法に癒された。

 旅の終わりには、インドのシリコンバレーとして知られるバンガロールを訪れた。南インドは、治安も良く、識字率も高いために、世界的にもIT産業や宇宙産業の開発拠点となっているという。

 インド洋岸から内陸のバンガロールに向かう際には電車で移動した。インドは交通インフラとしての鉄道が整備されているというので使ってみたかったし、若いころ読んだ沢木耕太郎の『深夜特急』の場面が頭の片隅をよぎり、夜行列車に乗ってみたいという思いもあった。

 『深夜特急』の時代とは違って、今のインドの鉄道は携帯電話の端末一つで、何から何まで事足りた。予約はもちろん、切符も端末に表示される情報の形で、紙の切符は手にしなかった。さらには、キャンセル待ちで予約していた切符代の払い戻しも端末一つで簡単に済ませられた。さすがに言われるだけあるIT大国である。

 南インドの内陸地域にはいくつもの繊維の町があって、これらを訪問するには陸路で行くしかないという事情もあった。「南インドのマンチェスター」の異名を持つコインバトールでは、街中そこかしこにある生地屋の一つに入ってみたが、店内を埋め尽くすおびただしい数の女性客らに圧倒された。誰もが皆、伝統衣装のサリーを買い求めていた。

 サリーは1着が5~6メートルの1枚の反物である。今では中にブラウスとペチコートも合わせて着るらしいのだが、衣装の中心はあくまで1枚の反物だ。

 インドの人口は既に13億人を突破し、中国に追い付かんとしている。その人口の半分を占める女性たちは毎年何着のサリーを買うのだろうか? すると、どれだけの反物が売れていくのだろうか? ブラウスやペチコートは単なる付け合わせだから、ミシン屋はさほどでもなく、主役は機屋や染屋だなとか、縫製中心のベトナムとはうまくやっていけそうだなとか、巨大市場を眼前にしたこのときばかりは、頭の中が突然仕事モードに切り替わっていた。

あきとし・みきお 繊維製品輸入販売会社カラコロモ〈東京〉代表、ミラン・コンサルタント〈ホーチミン〉副会長