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2017春季総合特集(58)/宇仁繊維/社長 宇仁 龍一 氏/「小口」へ「大口」加える/消費者心理に敏感であれ

2017年04月27日(Thu曜日) 午後3時36分

 「アスレジャーやイージーケアの流れを取り込んでいく」。宇仁繊維の宇仁龍一社長はこう力を込める。不特定多数の顧客からの小口注文に対応することで業績を拡大してきた同社だが、今後は大手アパレルブランドとの取引深耕も狙う。そのために、主力素材であるポリエステル薄地織物に加え、同中肉織物の企画、提案にも力を注ぐ。狙うは2018年8月期でのグループ売上高100億円。宇仁社長に戦略を聞いた。

  ――事業環境はこの先、どのように変化していくでしょうか。

 かつて“京都筋”と呼ばれて隆盛を誇った生地商社も、倒産や事業規模の縮小を余儀なくされています。当社が子会社として迎えた丸増とウインザーも、かつて“京都筋”の一角を担っていましたが、売上高はともに数億円の規模まで縮小しています。自慢する意図では全くなく、当社は1999年の創業から売り上げを毎年拡大し、中国現地法人を含むグループ売上高は90億円を超えました。客観的に見て、“京都筋”と当社の差は一体何なのか……。最近よくこのことを考えます。

 明快な答えが出たわけではないのですが、昔は作ったものがそのまま売れた時代。京都の生地商社さんは柄や生地デザインを企画し、産地メーカーなどに依頼して生地を作る力はあった。アパレルはそれをそのまま買っていた。一方、後発である当社はお客さんが欲しがるものを作るということを追求しました。コスト削減を徹底し、国産でも安いというモノ作りの体制も構築しました。この辺りが当社と“京都筋”の違いなのかもしれません。

 もちろん、国内縫製の空洞化や中国の急速な台頭といった環境変化があったことは事実で、結果としてその環境変化に適応できなかったことが、“京都筋”の事業規模を縮小させた要因の一つかもしれません。ファッション産業ほど変化の激しい業界はない。だから、環境変化に適応する力が企業の浮沈を握ることは間違いありません。当社は「生地以外は取り扱わない」「国産にこだわる」など頑固な方針を続けていますが、変化には敏感であり今後も対応していきます。大事なことは、消費者や顧客の心理をとらえること。その一つが、多品種・小ロット・短納期というサービス機能であり、昨年から本格化させている大手アパレルブランドの深掘り戦略です。

  ――小口発注に対応してきたことが貴社の成長を支えた大きな要素の一つですね。

 そうです。例えば現在、名古屋店の調子がいいのですが、それはアパレルや商社から独立した小さなデザイナーブランドへの販売が好調だからです。販売先との関係を深め、情報の網の目を張っていることが奏功しています。まだ検討段階ですが、そうした小規模アパレルを資金面で支援したり、子会社化する構想もあります。

  ――一方、大手アパレルブランドとの取引拡大にも挑戦しています。

 今期(17年8月期)から「深掘り36ブランド推進委員会」というプロジェクトチームを設置しました。3カ年計画で、毎年12ブランドを選定、追加していき、最終的に36ブランドまで対象を広げます。目標は1ブランド当たりの売上高を3億円にまで引き上げること。当社は小口販売が主体のため1軒当たりの売り上げが大きくない。最も大きいブランドでも2億円に満たず、ほとんどが1億円以下です。

 商品的にもポリエステル薄地織物が主体のためインナーや部分使いが多く、大口には至り難かった。この戦略では各ブランドのメイン素材に採用されることを狙います。そのために増強するのが中肉素材で、そのための生産体制も整えました。

  ――上期の業績は。

 単体の売上高は前年同期比7・6%増の37億円でした。営業利益、経常利益はともに半減しましたが、一過性のものなので、通期ではほぼ前期並みまで戻せると見ています。

 売り上げに関してはアパレル市況悪化の中で健闘したと言えますが、人件費が13%増えていることに比べるとやや不満です。通期で75億円の売上高を見込みますが、その鍵を握るのが大手アパレルブランドの深掘りです。従来からの小口対応や展示会出展を軸とした新規顧客開拓に、大手アパレルの深掘りを加えることで、さらなる業績拡大を狙います。

 通期では中国現地法人を除くグループ売上高で93億円を見込み、来期での100億円突破を目指したいと考えています。

  ――とはいえ、アパレルは総じてモノ作りへの姿勢を極端に慎重にしています。

 店頭が振るわない現状、皆が弱気になっているのは事実です。ただ、いつまでもこのような状態が続くとは思いません。17秋冬以降は多少なりともその揺り戻しが出てくるのではないでしょうか。トレンドにプリントが浮上してきていることも当社にとっては追い風ですし、アスレジャーやイージーケアといったキーワードが浸透していることも、ポリエステルを主力とする当社にとっては歓迎するものです。

 うに・りょういち 1999年桑村繊維を退職後、44年余りの経験、実績を基に一部商権と商品を引き継いで同社を創業。

〈思い出の味/ベネズエラのお茶漬け〉

 桑村繊維に在籍中、先染め織物を海外に売り歩いた宇仁さんの思い出の味はお茶漬けだ。中南米各国を訪れた際のこと。中南米にはレバノンなどから移住してきたアラブ人が多く、料理もアラブ料理ばかり。出張で海外に行けば数週間滞在するのが当たり前の時代。「食にはこだわるほう」という宇仁さんが“アラブ料理漬け”にへきえきしていたところ、ベネズエラで立ち寄った中華料理屋にあったのが日本のお茶漬けだった。「あの味は今でも覚えている」。日本人らしく「やっぱりお米は好き」で、今でも出身地である播州や社業で関わりの深い北陸産のお米をしっかり食べる。傘寿を迎えた宇仁さんの元気の源。