秋利美記雄のインドシナ見聞録(38)/「出る杭は打たれる」

2017年05月15日(月曜日) 午後1時7分

 フランスと韓国で大統領選挙があったこの5月初旬には、ベトナムでも政治の世界でまれに見る大事件が起こっていた。ホーチミン市の党書記という要職にあった現職のベトナム共産党政治局員が解任されるという事件だ。

 政治局は、同共産党の意思決定機関のピラミッドの頂点に位置するいわば権力の中枢で、当時局員はわずか19人のみ。その在職中の政治局員ディン・ラ・タン氏が更迭されるという事件が起こったのだ。

 これは、南北統一後42年間でこれまで過去2度しかない異例の処分。しかも解任されたタン氏がホーチミン市の党書記というさらなる出世の登竜門に当たる重要ポストにあった点を考慮すると、前代未聞の大事件だと言える。

 同氏が国営石油会社の会長だった2009~11年に約45億円の損失を与えたことが懲戒処分の理由とされているが、6年以上前のことで、しかも積極的に何かの不正を働いたというよりも監督責任が理由での失脚というのはどうにも腑(ふ)に落ちない。BBCなどをはじめとする国際メディアの報道では、実際には権力闘争の結果だという。

 ベトナム共産党は長らく集団指導体制をとっているが、北部保守派対南部改革派、親中派対親米派、軍対公安――といった幾つかの対立軸を内部に抱えている。政治局員を解任されたタン氏は、前回の党大会で留任をうわさされながらも結局引退に追い込まれたズン元首相の側近で、北部ナムディン省出身ながら南部改革派に近い存在であり、公安グループともつながりが強いとされていた。「ホーチミン市は(中央政府からの)自主独立を望んでいる」という同氏の発言が北部保守派の不評を買っていたとも言われている。

 タン氏は、歯に衣着せぬはっきりした物言いがマスコミにもしばしば取り上げられ、日本の橋下徹氏をほうふつとさせる、ベトナムでは極めて異色の政治家でもあった。ホーチミン市のトップに立って現地のマスコミに頻繁に登場するようになったとき、実はいつかこうした事件が起こるのではないかと危惧していた。というのも、ベトナムにも日本と同様に「出る杭は打たれる」精神風土があるからだ。

 タン氏の後任の党書記人事を見ると、どうやら派閥間の均衡は保たれたままで、結局はこの特異な政治家が橋下氏同様、政治の表舞台からの退席を余儀なくされただけという結果となってしまった。ベトナムの先々の発展を考えるとき、横並びの精神文化はこの国の発展の障害となるのではないかと不安に思われる。

あきとし・みきお 繊維製品輸入販売会社カラコロモ〈東京〉代表、ミラン・コンサルタント〈ホーチミン〉副会長