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2017秋季総合特集(59)/top interview/宇仁繊維/時代は当社に追い風/社長 宇仁 龍一 氏/生地の高級化加速

2017年10月26日(Thu曜日) 午後3時20分

 2017年8月期で創業以来の18期連続増収を果たした宇仁繊維。どうやら20期の節目を迎える前、19期でグループ売上高100億円を達成しそうだ。市況悪化の中で宇仁龍一社長が重視するのが高級化。国内高級婦人服ゾーンを攻めながら、多品種・小ロット・短納期というサービス機能に磨きをかけ、さらなる事業拡大を狙う。宇仁社長に成長戦略を聞いた。

  ――今後を生き抜く際に発揮されるであろう貴社の独自性とは何でしょうか。

 一つは人の力です。当社の採用基準であり入社後も重視するのは、モノ作りに興味があって、いずれは精通し、人とのコミュニケーションが円滑で、対人感性に優れた人材です。こうした人材が集まっているのが当社であり、それが当社の最大の独自性です。

 もう一つは、多様な生地を小口からスピーディーに供給できる機能です。ネット通販などEC(電子商取引)が活況ですが、ここでもこの機能が重宝されると思います。

  ――2017年8月期の結果は。

 売上高が75億円(前期比7・1%増)で、創業以来の18期連続増収を果たしました。営業利益は9800万円(59・3%減)、経常利益は1億8100万円(20・1%減)、純利益は1億2400万円(2・4%減)でした。増収には人員増による新規開拓や、大手ブランドへの提案を意識的に強めたことなどが寄与しました。16年8月期に15%増と大きく伸ばしていた輸出事業は6%増とやや伸びが鈍化したものの、引き続き伸長しました。減益には在庫処分損や利益率の低下、人件費増などが影響しました。

 子会社の宇仁テキスタイルは売上高が横ばいの10億円で減益。丸増は売上高が3億8000万円(5・0%減)で大幅減益。初年度のウインザーは売上高が1億7400万円で赤字。同じく初年度のオザキプリーツは売上高が1億3千万円で黒字。宇仁繊維ファッションは売上高が横ばいの5千万円で赤字幅が拡大しました。

 上海と北京の中国法人の17年12月期売上高は計5億円前後になる見込みなので、両法人を加えたグループ売上高は97億円強になります。

  ――大手ブランドを攻略する方針も掲げていました。

 一定進みましたが、ウールの取り扱いが少ないことや厚地に弱いところがネックになり、思ったほどの成果は出せていません。今期も引き続き取り組んでいきます。

  ――今期の重点戦略を。

 18年8月期は単体売上高で81億円を計画し、グループ売上高では初の100億円突破を見込みます。力を入れるのは、生地の高級化です。国内アパレル不況が深刻化していますが、高級品の動きは悪くない。ここへの開発、提案を強化します。ジャカード、インクジェットプリント、オパールなど各種加工によって高級化を図り、秋冬対応として中肉・厚地も増強していきます。

  ――その際に力を発揮するのが自家設備ですね。

 播州産地のジャカード搭載レピア織機、北陸の染色加工機、高速エアジェット織機などの自家設備のほか、提携する京都の染工場のインクジェットプリンターなどを活用します。生地の高級化と同時にメーカーとしてコストダウンも徹底します。

  ――国内市況がパッとしない中、グループ売上高100億円突破、さらにその先に向けては輸出拡大が必要になります。

 欧州向けがパリ「プルミエール・ヴィジョン」を軸に各種展示会に出展する成果として伸びており、米国向けも今期から本格化しそうです。輸出部門のスタッフは近年の好調を受けて皆が自信を身に付けています。商売する上で成功体験や自信は大事。この自信をさらに数字につなげていきたいですね。

  ――全体として国内アパレル市況に元気がありません。今後を見通してみてもらえますか。

 スマートファクトリーの実現により、縫製工程も自動化が進むものとみられます。こうなると、多少は価格が高くなったとしても、国内で縫製するという流れが生まれそう。今後、形を変えた国内縫製の再興もありえるのではないでしょうか。いずれにしても重要な要素はスピード。ネット販売や自動化の流れの中で今よりもっとスピードが重要視されるでしょうから、当社の即納体制にもさらに脚光が当たるはずです。

 ただ、自動化が各工程で進んでも、デザインを考え、提案するのは人。それを着用するのも人です。自動化、機械化が進む一方で、人が持つ感性が逆説的に大事になっていくのではないでしょうか。

〈25年前のあなたに一言/仲間とのつながり〉

 25年前の宇仁さんは55歳。桑村繊維に在籍し、長繊維部門の長として北陸産地に日参しているころだ。その販売先は主に“京都筋”と呼ばれた在京都のコンバーター。当時の宇仁さんは販売先である彼らとよく酒を酌み交わし、親交を深めた。62歳で桑村繊維を定年退職した際に宇仁繊維を立ち上げようとした動機の一つは、「京都の友人たちとつながっていたいから」。引退して隠居すれば、集まる機会は激減する。現役でいれば、機会を作ることはたやすい。実際、当時の友人たちと結成する「老人会」と称したグループで定期的に飲み会を開く。その後も長く続く友を得たのが25年前の宇仁さん。

〔略歴〕

 うに・りょういち 1999年桑村繊維を退職後、44年余りの経験、実績を基に一部商権と商品を引き継いで同社を創業。