明日へ これが我が社の生きる道 織布編(29)

2017年11月10日(金曜日)

小林当織物 ハード、ソフトの両面からモノ作り追求

 さまざまな素材によるジャカード織物やドビー織物を生産販売する小林当織物は、1920年(大正9年)に群馬県桐生市で小林當次郎氏が個人経営による黒朱子の製造販売を開始したことに始まる。50年に会社組織とし、當次郎氏の女婿・松氏が社長に就任。本格的に婦人服地の生産を始め、発展を遂げる。96年に松氏の子息の記一郎氏が社長に就き、現在は記一郎氏の夫人の雅子氏(69)が社長を務める。

 和装関連の繊維で発展してきた桐生産地の中で同社は、先駆的に洋服地に取り組むなど進取の精神にあふれていた。設立初期の頃から設備投資と商品の開発資金は惜しまない側面があり、「新しいものを作れば顧客はついてくると言っていた」と松氏の薫陶を受けた村岡謙一常務は語る。

 同社は現在も、ハードとソフトの両面から新しいものを追求するDNAを受け継いでいる。昨年、旧工場を解体して新工場を建て、独ドルニエ社の最新織機2台を導入した。新工場には織機を置けるスペースがまだあり、今後も最新の織機を順次導入し、生産能力を高めていく。

 ソフト面では87年に商品開発センターを設置し、コンピューターデザインシステムを導入。現在は社内の3人のデザイナーが中心となって日々、独自性の強い柄やデザインを追求している。

 94年には資料室を設置し、保管してあった50年代以降のサンプル生地や生産記録、欧州視察時の資料などを整理しアーカイブを完成させた。この資料室には、今も大手アパレルのデザイナーなどが昔のデザインを勉強するためによく訪れるという。

 これらのハード・ソフト両面の経営資源をフルに活用し、顧客のニーズに合わせて6人の営業担当者がモノ作りをコントロールしていくのが、同社のスタイルだ。特に経糸に使うレーヨンやナイロン、キュプラなどの素材は自社で備蓄しているため、試織などでも素早く対応できる。

 百貨店での衣料品販売が全般的に振るわないなど、桐生産地にとっても服地販売は厳しい状況が続いている。今後は産地の問屋などと運命共同体としてよりパートナーシップを深め、お互いにリスクを取りながら試織を増やし、売れ筋をつかむ努力を続けていく。

 今後の課題の一つでもある欧州市場の開拓では、3年前から「ミラノ・ウニカ」に出展し、徐々に高級ブランドからの試織依頼も増えている。引き続き粘り強く、中期的な視野で進める。

 同社は工場も含めて30代の社員が多く、今後の人材育成に関しては「あまり心配していない」(村岡常務)と言う。雅子社長の子息の丈紘氏(31)もその一人で、今は営業部門で働いている。

社名:小林当織物株式会社

本社:群馬県桐生市仲町1-4-29

代表者:小林雅子

電話番号:0277-44-7135

主要設備:ジャカード高速自動織機30台。コンピューターデザインシステム一式、タイングマシン4台。資料室―1950年代からの生地サンプルなどを保有している

従業員:23人