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繊維街道 私の道中記/明石スクールユニフォームカンパニー 社長 河合 秀文 氏(2)/詰め襟服、21世紀にはない?

2018年04月10日(Tue曜日) 午前10時53分

 私が入社した1980年代の初頭、たまたま見ていたテレビ番組で「21世紀になくなっているものは?」という質問に対して、一人の回答者が「詰め襟の学生服」と答えていました。その当時、学生服の未来について強い危機感を抱いたことを覚えています。

 当時、服装のカジュアル化が進み、詰め襟服に対して否定的な見方が強まっていた。また、変型学生服も生まれ、ますます詰め襟服の需要は落ち込んでいった。78年に、変型学生服に対抗するため「標準型学生服」が制定されると業界を救った部分もあったが、だからといって詰め襟服を作れば作るほど売れるという状況ではもはやなかった。

 確かその頃、社内で詰め襟服を年間30万着売ろうという目標を立てていました。しかし、世の中が学生服に対してマイナスイメージを持ちつつあり、閉塞感もあって、なかなか売れませんでした。

 70年代、東レが主導し、学生服の販売店に学生向けのカジュアル衣料を販売する試みがあり、当社も「ミスターU」というブランドを立ち上げ、販路を広げようとしました。「制服脱いだらミスターU」というキャッチフレーズを今でも覚えています。

 私が入社してすぐ任された仕事はカジュアルでした。85年のプラザ合意で円高が急速に進む中、カジュアルは随分もうかるなあと思った時期もありました。ただ、1、2シーズンぐらいしか続かなかった。

 テニスウエア「ブリックレス」やアウトドア「マスコカ・レイクス」、ゴルフウエア「スワンプツアーズ」など、今思えばいろいろなブランド事業に挑戦しました。

 今でもそうですが、それほど服装やファッションには興味とセンスがありません。私の結婚式には大学の恩師に来てもらいましたが、その時スピーチで、「河合がカジュアルをやっているようでは将来この会社は危ない」とまで言われたほどです。

 宇部工場(山口県宇部市)では、「デサント」「マクレガー」などのOEMを手掛けていた。韓国では「ファインスター」「マックスビート」といったスポーツウエアも生産。一時期、カジュアルは売り上げ規模が20億円ぐらいにまでなるが、結果的に1、2億円にまで減り、2014年にスワンプツアーズの中止をもって、カジュアル事業から撤退した。

 カジュアルは結果的にうまくいかなかった。ブランドを育てる難しさ、ブランドビジネスの困難さを思い知りました。失敗と言えば、失敗かもしれません。ただ、失敗から学ぶことも多かった。

 一方で1980年代後半、学生服業界では、これまでの詰め襟服のような定番品から、学校別注へ視点を移すきっかけを作る、ターニングポイントがあった。