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2018春季総合特集Ⅱ(3)/事例研究/デジタル時代の人材育成

2018年04月24日(火曜日) 午後1時41分

 デジタル技術がいくら進化しても、それを使いこなせる人材、それを活用して新たなビジネスモデルを創出できる人材がいなければ、宝の持ち腐れになってしまう。そのような人材への需要が全産業で高まる中、繊維業界はどう対応すべきなのだろうか。残念ながら、デジタル技術に知見を持つ人材は、繊維業界には少ないとされる。他業界を圧する待遇を用意すれば確保は可能だろうが、それができる企業は限られる。だとすれば、自ら育成することが一つの解決策だろう。業界企業の協力を募り、デジタル技術を使いこなす人材を草の根運動で育てようしている人物がいる。ファッションとデジタル技術の両方を学べる学校も誕生した。デジタル時代の人材育成に向け動きを紹介する。

〈企画力磨き、起業を支援〉

 昨年4月、ファッションとデジタル技術の両方を学ぶ、東京ファッションテクノロジーラボが東京・原宿に開校した。初年度は45人の学生が、起業やデザイナーなどの道を歩み始めた。最長で約1年という短期間で、学生たちは課題解決力を身に付け、大きく成長した。

 スクールはアパレル企業でデザイナーや商品企画に携わり、ファッション教育機関で開発も務めた市川雄司代表が立ち上げた。テクノロジーを活用しファッション市場を拡大する「ファッションテック」を担う人材を育てる狙いがある。

 全ての産業がデジタル化を進める中、繊維業界は導入が遅れているといわれている。市川代表は「給与など待遇の差があるため、ITに詳しい人材がアパレル業界に流れるケースはまだ少ない」と指摘する。

 アパレルの販売員が商品企画や電子商取引(EC)の部署への異動を希望しても「知識がない」といった理由でかないにくいのが現実だ。市川代表は「壁を超えるには教育しかない」と力を込める。

 学生は転職を目指すアパレルやIT企業に勤める社会人や、大学や専門学校とのダブルスクールとして通うケースが多い。講師にはファッション、IT企業の経営者から音楽プロデューサーまで幅広い業界の約70人がそろう。

 スクールの授業は実践が中心で、VR(バーチャルリアリティー)を使った製品のプロモーションや、実際のアパレル企業のECの改善策など企画力を付ける内容が大半を占める。

 一方で、デジタルや縫製といった知識や技術についての講義は最小限にとどめる。なぜか。技術も知識も日々進化する。時間をかけて教えても数年たてば新しいものが生まれ、学んだことは古くなってしまう。「考え、学ぶ力を鍛えたほうが世界で通用する」というのがスクールの考えだ。

 もう一つの理由は、繊維産業を取り巻く時代背景にある。専門学校で3、4年かけてパターンや縫製を教えても、中国やASEAN地域が生産の多くを占める今、国内ではパタンナーや縫製技術者の就職先は少ない。産業構造が変化する中、学生が時代に合った仕事に就けるよう支援する狙いがある。

 海外にも積極的にアプローチしている。2月、学生たちはパリでラグジュアリーブランドの元社長の前で、自分たちが企画したブランドについて英語で発表した。

 英国のセントラル・セント・マーチンズなどの有名校に負けない人材を育てたいというスクールの努力で実現した。発表では「もっとコンセプトを追求するように」とアドバイスを受け、さらに成長する機会になった。

 3月、スクール修了前に開いた発表会。学生一人一人が、今後のビジネスプランについて説明した。時に迷い、悩みながら創り上げたプランで、9人が創業や副業をする結果に市川代表も驚いた。

 開校2年目を迎えた今年は、スクールの枠を超えた活動にも乗り出している。アパレル企業の新入社員や管理職に向けてファッションテックの人材教育を行う。

 国も注目する。経済産業省が2月に出した繊維業界の報告書でも新たな取り組みとして、スクールが紹介された。「私自身の経験は過去のもの」と市川代表に気負いはない。「だからこそファッション業界の未来を学生と一緒に考えたい」と先を見据える。

〈協力募り草の根運動〉

 ファッション業界向けデジタル・システム開発を行うデジタルファッション(大阪市中央区)の森田修史社長が、一般社団法人として2012年に立ち上げたデジタルファッションクリエイター協会。同協会は今、繊維関連企業の協力も得て、デジタル技術を使いこなすクリエーターの育成に力を入れている。同協会代表理事でもある森田氏は、販売の受け皿となる電子商取引(EC)のプラットフォームも用意し、モノ作りに加え売り方も学べる講座を今夏までに開きたいと意気込む。

 同協会設立当時、ファッション業界のデジタル技術への関心は低かった。「大手企業でも、CADやPOSを使っていた程度。デジタル技術を活用したクリエーションや企画、それと連動した販売については考えていなかった」と森田代表理事は振り返る。その後ECが普及したが、それでも多くの企業は新しいデジタル技術を取り入れることに消極的だった。「各部署でセミナーを1回開いて終わり」というケースが多かったという。「目先の仕事に追われ、それどころではない」というのが、多くの企業の反応だった。

 これからのファッション産業には、デジタル技術を活用したシステム化が欠かせないと考えていた森田氏は、そんな反応にファッション産業の危機を感じた。そして、同協会を設立し、新しい時代に必要な人材を「草の根的に一から育成する」ことにする。

 13年4月に、「デジタルファッションクリエイター育成講座」をスタート。その後も数回開催した。しかし、協会とはいえ、同社以外に会員がいるわけではない。利益を得るための事業ではなかったが、「身銭を切る」形での開催はやはり荷が重く、数回で中断せざるを得なくなった。それでも森田代表理事は、可能な方法で人材育成に務める。関西学院大学では10年から、1年間の中断を挟んでずっと、「新ファッション学」という授業を受け持っている。10年前から、武庫川女子大学の「デジタル・ファッションショー」にも参画している。このショーは、同社のソフトなどを使って服を実際に作り、それを学生が着てランウエーを歩くと同時に、CGで作った画像もバックに流すというもの。

 そして昨年9月、デジタルファッションクリエイター育成講座を、「仕切り直す」(森田代表理事)形で再開する。同講座開催には、YKKや大手アパレルメーカー数社、さらにはミシンメーカーの協力も得た。これで、教材費やスタッフの交通費を賄う。森田代表理事はもちろん、協力企業も利益を期待しているわけでない。あくまでも、「将来への投資」だ。

 今回の講座に参加したのは、会場スペースの制約もあって12人。学生やアパレル、繊維業界関係者などが参加した。3日間の講座で全員が、3次元で服を作り、それを着たアバターを画面上で動かす技術を習得したという。

 森田代表理事が言う「デジタルファッションクリエイター」とは、モノを作る人だけではない。デジタル技術でビジネスを作る人など、幅広い領域の人材を意味する。ECプラットフォームも用意し、モノ作りに加え売り方も学べる講座を開くことを計画しているのは、このためだ。

 デジタル技術はどんどん進歩している。それを使いこなす人材、使い手を組織して新たなビジネスを生み出す人材への需要も今後増えるはずだ。同協会の草の根運動の広がりに期待したい。