KanFA 次代への継承(8)

2018年09月28日(金曜日)

増見哲 社長 増見 喜一朗 氏

意図的に会社を変えてきた

 服飾副資材全般を取り扱う増見哲(大阪市中央区)は、変革の途上にある。陣頭指揮を執るのは3代目の増見喜一朗社長(44)。売り上げはリーマン・ショック後に33億円から23億円に減少、その後も回復していないが、種々の改革を施したことで会社は変わった。今後もチャレンジは続く。

  ――入社に至る経緯は。

 父親である先代から直接的に言われたことはありません。ただ、小さい頃から自宅の庭に小さな刺しゅう工場があり、いずれはこの仕事を継ぐことになるのだろうなとは感じていました。30歳で入社したのですが、その前は当社の取引先でもあるYKKの子会社で5年、ビール会社で3年を過ごしました。

  ――自社に関連のあるYKKの子会社から全くの異業種に移ったのはなぜですか。

 本来はYKK子会社の後にすぐ家業に戻る予定だったのですが、全く違う業界を体感してみたいと考えたためです。ここで学んだことは大きかったですね。家業に戻ってから導入したのが、このビール会社で採用されていた日報制度です。北は北海道から南は沖縄まで、社員の動きが全て把握できるもので、現場の有益な情報を瞬時に会社全体で共有するという点に感銘を受け、自社にも導入しました。

 出張先からも必ず送るようにし、それを管理職だけでなく全社員が見られるシステムです。当初は嫌がる社員もいましたが、徐々に有益だと感じてくれ、浸透しました。

  ――社長就任は。

 36歳の時です。リーマン・ショック後の業績低迷を立て直すことがミッションでした。意図的に会社の体質を変えようと懸命に動きました。その一つが、新聞の発行です。主に販売先に配布するもので、新製品の情報や会社のさまざまな情報を、ビジュアルを意識しながら発信しています。月に1回のペースが基本で、今でも続いています。

 高級かっぽう着の自社ブランド「カポック」の投入や、ホームページの作成・充実、ブログやSNS(会員制交流サイト)を駆使した情報発信、8月に開設した初の自社ショップなども変革の一環です。

  ――これからの抱負を。

 やりたいこと、やらなければならないことはまだまだあります。満足したら終わり。使命は売り上げを30億円に戻すことですが、利益追求の姿勢は変えません。

継承していく人た ちへ

 「今のところ自分の子供に継がせるつもりはない」と増見社長。既に、信頼の置ける部下の中から、次期社長の目星はつけていると言う。ただし一方では、「死ぬまで頑張りたい」と社業にまい進する気持ちも強い。まだ44歳。社長交代も相当先の話と思われるが、仮に若くしてトップの座を譲ったとしても、何らかの形で社業には携わっていたいと考えている。愛社精神が尽きない。

(毎週金曜日に掲載)