KanFA 次代への継承(20)

2018年12月28日(Fri曜日)

フレックスフォア 企画室 渡邊 圭 氏

「入社するな」と言われたが……

 中心小売価格がセーターで2万円という婦人向け高級横編み製品のOEM/ODMを行うフレックスフォア(大阪市中央区)。創業者である渡邊徹社長の次男、圭氏(32)が同社に入社したのは昨年。それまでは、「継がなくてもいい」「入社するな」と言われ続けてきたのだが……。

  ――大卒後は。

 父はたぶん自分の(経営の)やり方は自分しかできない。私が継承しても(経営)できないと思っていたのでしょう。「経営したいなら自分でやれ」と言っていました。業界が厳しかったことも、その言葉の背景にあったのかもしれません。

 ただ、父の背中を見て育ったので、繊維の会社で働きたいと思っていました。それで大卒後、繊維関係の会社に絞って就職活動し、J・フロント リテイリンググループの商社、大丸興業に入社しました。ところが、繊維部を志望していたのに、アルミ・プラスチックの部署に配属されます。繊維部は入社間もなく、縮小・撤退しました。

  ――フレックスフォアに入社した経緯を。

 入社したのは昨年12月です。大丸興業には8年半在籍したことになりますが、途中から、フレックスフォアが行っているミャンマー、中国、香港からの輸入の代行や、フレックスフォアの商品の販売(卸売りとOEM)も行うようになりました。父である同社の社長にやれと言われ、大丸興業の社長も「どんどん増やせ」とおっしゃってくれたので、アルミやプラスチックの仕事をしながら取り組みました。楽しかったですね。私の取扱高の半分ほどになるぐらいに、服を増やしました。

 当然ながら、フレックスフォアにも、週に1、2回行くようになります。父である社長と話すうちに、私がやりたいのはこの会社の仕事だと思うようになりました。いつでも入社するよと冗談めかして言ったこともありましたが、その時は笑ってごまかされました。

 ところがやがて、フレックスフォアの協力工場や仕入れ先で世代交代が進みます。しかしフレックスフォアには後継者がいない。このため昨年の6月、「入るなら入ってもいいよ」と父に誘われました。

 ちょうどその頃、大丸興業で異動の内示を受けました。服の仕事は別の担当者が引き継ぐことになるという。やはり服の仕事を続けたいと思い、フレックスフォアに入ることにしました。

継承していく人たちへ

 「継がなくてもいい」と言われながらも父親が創業した会社に身を投じた渡邊さん。継承するか否かを決めるポイントは「自分がやりたいかどうかだ」と言う。「伊ゼニア・バルファ社の高級梳毛糸120色を常時20~30㌧在庫し、製品も抱えるこの会社は独特で、やりがいがある」と意気込む。

(次回は2019年1月11日に掲載)