繊維街道 私の道中記/東京ソワール 顧問 萩原 富雄 氏②

2019年01月29日(Tue曜日)

「天ぷら」からの開発進化

   倍々ゲームの好調な業績。和服に代わる洋服としての「ブラックフォーマル」は、冠婚葬祭全てをカバーできる礼服としても認知されていく。シンプルなデザインだが、アクセサリーをプラスすれば、お祝いの席にも出席できる。今では当たり前になっているアクセサリーとのセット販売は同社が初めて行った。とはいえ、同じものでは満足しないのが女心。より高級なものが求められた。

 黒でももっといい黒、生地も上質なウールが欲しいといった要望が増え、1973年にトリアセテート長繊維「ソアロン」を採用しました。当時、春夏素材といえば、ポリエステル加工糸のアムンゼン、秋冬は30単のウールジョーゼット。ただ、ポリエステルは染色が悪く、グレーに近いような黒でした。ドレープ性もないが、それでも売れました。

 ウールは糸を細番手にして高級感を出せましたが、合繊は難しい。海外を見ると、フランス、イタリアではレーヨンなどのセルロース系素材が中心。ただ、堅ろう度が悪く、シワになる。耐久性もない。そんな時にソアロンと出会い、ポリエステルと合撚しました。これは色も良かった。

 そうこうしているうちに、74年くらいですか、ポリエステルで減量加工が開発され、ドレープ性が表現できました。ファッションもフェミニンな流れになり、素材のバリエーションも広がります。

 ブラックの市場規模が大きくなると、合繊メーカーさんも本気でブラックフォーマル向けの生地開発に力を入れます。糸の開発まで進みました。素材開発の進化とマーケットの拡大が合致した時代へと向かいます。

 入社当時、生地屋さんは売れ残った生地を黒に染め変えて処分していました。これを俗に「天ぷら」と言います。在庫の赤や黄色の生地を黒に染めるから、何となく元の色が分かる。ひどいのは、透かすと元のプリント模様が見えましたから。

   東京ソワールはブラックで会社の基礎が固まり、74年にカラーフォーマルの先駆けとなるニューフォーマルの開発に着手した。

 当時、東レさんのニット部隊がスポーツだけでなく、フォーマル向けに「ニューフォーマル」という言葉を使い出しました。カラーフォーマルという言葉を誰が言い出したか不明です。定義も難しい。私論ですが、カラーフォーマルの源流はブラックから出たカラーフォーマル、フェミニンなブラウスやドレスメーカーから出たカラーフォーマル、ステージ衣装向けのドレスと、三つほどのルーツがあるように思います。