繊維街道 私の道中記/東京ソワール 顧問 萩原 富雄 氏④

2019年01月31日(木曜日)

バブル崩壊、変革期へ

 ブラックフォーマルは3~25号まであります。アンサンブルが主要アイテムですが、パーツが多い。このグレーディングを手作業でしていたが、追い付きません。このため、1979年に東レさんのパターンメーキングシステムを導入しました。スピード、精度がアップし、工場への電送も可能。効果は大きいものでした。

   東京ソワールは1988年に東証2部に上場した。女性創業の社長企業として初の上場となった。資金を市場から集め、さらに業容を拡大する。同年新ブランド「ソワールドルチェ」を立ち上げる。売上高も200億円を突破した。

 本社が宇田川町(渋谷区)の時代。ボーナスをもらった後で、またボーナスをくれるという。ただ、「この賞与は使わないで、自社株を買うといいよ。会社の成長とともにきっと大きくなるから」と説明を受けました。半信半疑でしたが、この話は本当でした。上場前の86年に店頭公開し、わずか2年で上場を果たしました。

   89年。昭和天皇崩御。世の中は自粛ムードとなる。3%の消費税も導入された。

 カラーフォーマルで自粛ムードの影響があったが、それ以上に印象的だったのはバブル崩壊。89年の大納会の日経平均株価終値は3万8915円。90年の初商いから千円単位で株価は下がり、10月には2万円を割りました。当社の売上高の最高は94年の290億6200万円。バブル崩壊の影響を受けながらも前年比増収を続けていました。売り上げが伸び悩む中で、生産システムの自動化と物流体制を拡充しました。

   東京ソワールは成長期から成熟期、バブル崩壊の環境変化を受けて変革期へと入っていく。96年5月から中国で本格的な海外生産に入る。その中国も人件費が上がり、今はベトナムの生産がメインになっている。

 ベトナムは四ツ葉ドレスさん(山形県酒田市)の工場。2006年からです。酒田の工場で技能実習生としてベトナム人を採用していました。ベトナムに帰国した人が、ベトナム工場で管理職として働く。日本語も分かりますし、日本の消費者が求める品質も理解しているので、うまく回っています。四ツ葉ドレスさんには独特の目の付けどころがあります。ブラックフォーマルの生産で、最大の主力工場として今もお世話になっています。

   09年6月、萩原は副社長生産物流本部、マーケティング室担当から、社長に就任した。

(文中敬称略)