明日へ これが我が社の生きる道 染色加工編⑤

2019年02月08日(金曜日)

川合染工場 独自加工で下請け脱却

 東京都墨田区で製品染めを手掛ける川合染工場。独自に開発した「東炊き染」をはじめとする染色技術がデザイナーズブランドなどから評価を得て、高位安定が続く。川合創記男代表取締役(68)は「下請けから脱却しなければ染色業に将来はない。そのためにもオリジナル加工の開発は不可欠」と言葉を強める。

 1946年に岐阜県大垣市で創業(50年に東京へ移転)。肌着の製品染めで事業を開始したが、アクリルの綛(かせ)染めにも参入し、輸出を中心に業容は拡大する。ただ、変動相場制への移行、“糸を売って縄を買う”と言われた繊維製品の輸出自主規制の受け入れなど、経営を取り巻く環境は変化。同社も方針の転換を余儀なくされる。

 川合代表取締役が川合染工場に入社したのは、会社が変革期を迎えていた73年。製品染めと糸染めの両輪で受注獲得に努めた結果、80年代半ばにイタリアブランドから仕事が入る。最盛期にはセーターを年間87万5千枚染めていたが、取引先が日本生産の撤退を決めたことで、突然仕事がなくなった。

 難局の打開を図るために取り組んだのが商材の開発で、柔らかな風合いや着やすさの付与にとことんこだわった。90年代には製品染め100%となるが、「この分野でトップを取ると決めた。駄目ならば会社を畳む覚悟だった」と振り返る。いつしか国内のデザイナーズブランドにも認められるようになり、取り組みが増えていった。

 商品開発への徹底的なこだわりから生まれたのが、同社の代名詞とも言える東炊き染。生地を五右衛門風呂に入れ、石灰や植物のあくを混ぜて煮るという江戸時代の技法「釜入れ」を応用したもので、昔の文献を調べるなど試行錯誤を重ねながら復活させた。着心地の良さや独特の風合いを付与することができる。

 当初、加工可能な素材は15種類程度だったが、現在では麻や綿、シルク、あるいは薄地、厚地など多様な組み合わせで約80種類に広がった。「安定して注文が入り、年間を通して動いている。納期は2、3カ月待ちの状態」が続く。簡単にまねのできない独自加工のため、「ある程度主導権が取れるようになった。下請け仕事ではない」と強調する。

 インディゴ関連の製品染めなど、新たな加工の技術も既に幾つか確立していると言う。「海外ブランドとの取引も増やしたい。利益率を高めるためには海外市場で評価を得るものを作っていかなければならない」と話す川合代表取締役の目は先を見据える。

社名:株式会社川合染工場

本社:東京都墨田区向島4‐24‐8

代表者:川合 創記男

主要設備:パドル染色機とロータリー染色機(合計45台)、溶剤精練機1台など。月産能力6万5千枚

(毎週金曜日に掲載)