特集 アジアの繊維産業Ⅰ(1)/変動する生産環境の今

2018年10月04日(Thu曜日) 午前11時35分

 先進国で消費される繊維製品の生産拠点として成長してきたアジア。しかし、労働力を確保することが徐々に難しくなり、人件費も上昇している。一方で、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)構想の進展、米中貿易摩擦の深刻化など、貿易環境の変化につながる動きもある。変動するアジア生産の今を追った。

〈人件費上昇幅抑制傾向も/人員不足は国により濃淡〉

 中国、インド、アメリカに次ぐ世界第4位の2億5000万人という人口を抱えるインドネシアはそうでもないようだが、アジアでは総じて労働力確保難が深刻化している。それに伴い人件費も上昇する。

 ベトナムでは、電子など他業種に人手を奪われる構造が深刻化。日系商社や外資系工場は、人手を集めやすい地域への工場移転を進めたり、検討したりしている。縫製工員の高齢化も進展。若年層の取り込みと同時に、マネジメントができる中間層の採用に各社が躍起だ。繊維産業を国策としてフォローする政府も、技術継承制度の確立といった対策を講じつつあるが、効果は薄い。

 当然ながら人件費も上昇している。しかしその上がり幅は、周辺のミャンマーやカンボジアに比べると落ち着いたものになってきた。これまでは年率8%前後で上がっていたが、来年は5・8%に抑えられるなど、周辺国との比較メリットが出てきている。

 タイでも、少子化の進展で人手不足が顕在化。バンコク周辺は実質完全雇用の状態にある。このため特に縫製業の事業継続のハードルが高まってきた。BTSやMRTといった新交通システムがバンコク郊外にまで延伸。バンコク郊外がバンコク中心部の通勤圏に組み込まれることで、郊外に立地する工業団地などに入居する繊維企業の人材確保の苦戦も予想される。

 人件費上昇は、バンコクとその郊外より、シラチャなどを含むチョンブリー県など東部地域の方が深刻。政府が東部開発プロジェクトを進めており、その一環でチョンブリー県やラヨーン県といったバンコクの東部に位置する県で最低賃金の大幅上昇が続く。この地域には日系繊維企業も多い。

 インドネシアの日系企業からは、人手不足に悩んでいるという声は聞かれなかった。管理を任せられる人材は別だが、縫製作業など現場の労働力確保の問題は深刻ではないようだ。

 ただ人件費は、毎年8%近い上昇が続いている。このため昨年、早期退職を募って人員を削減した日系企業が少なくとも2社ある。両社は、設備を新しくして生産性を高めることで、人が減っても生産量は減らさない体制への転換を進めている。

〈RCEPへの関心薄い/大勢に影響なしが支配的〉

 2011年11月にASEANの提唱で論議が始まったRCEP。ASEAN加盟10カ国に、日本、中国、韓国、インド、豪州、ニュージーランドの6カ国を含めた計16カ国でFTAを進める構想だ。しかし、少なくも東南アジアの日系企業の関心は薄い。中国回帰を懸念する声はわずかにあるが、大勢に影響を与えないとの見方が支配的となっている。

 タイの日系企業からは、糸・生地などの衣料素材の生産拠点を中国から東南アジアへ移す動きにブレーキがかかるとの指摘があった。しかし、だからといって中国に回帰する可能性は低いとの見方が大勢を占める。東南アジアシフトの流れの中で、素材生産のインフラ整備に大きな投資が行われており、それを活用したサプライチェーンも出来上がっている。これを無駄にして中国に回帰するとは考えにくいという。

 ただ、縫製に関しては一部中国回帰があり得るとの指摘が商社から出た。納期面で中国縫製の競争力は依然として強いからだ。しかし、タイの縫製業は既に衰退しており、RCEPの影響を受けるのはベトナムやカンボジア、インドネシアなどだろうと言う。

 ベトナムでも、「RCEPをあまり注視していないし、影響も軽微だろう」「TPP(環太平洋連携協定)11やEVFTA(EU・ベトナム自由貿易協定)の方が、関心が高い」といった声が大勢を占める。インドネシアでも、RCEPへの関心は薄い。ただ、糸輸入が非関税になってほしいと期待する声はあった。

〈ベトナムには追い風/深刻化する米中貿易摩擦〉

 深刻化する米中貿易摩擦。世界経済の大きな混乱要因だが、東南アジアにとっては「漁夫の利」を得る機会とみられる。

 ベトナムでは米中貿易摩擦の影響を楽観視する日系企業が多い。ベトナムを介して米国向け輸出を継続しようとする中国企業が増えると期待する。「ベトナムの対米輸出はTPP12が頓挫した今も順調な伸びを見せており、米中貿易摩擦もベトナムにとっては追い風になる」といった指摘が出ている。ただし、ベトナムから中国への輸出に悪影響が出ることを懸念する声もある。

 インドネシアの日系企業のほとんどは現時点では、影響を感じていない。日本向けビジネスが主体だからだろう。

 タイの日系企業からも、今のところ大きな影響を指摘する声は聞かれない。どれだけの影響が出るのか、当面は様子見といった状態。ただ、タイで生産した電子部品などが、中国で最終製品に組み立てられて米国に輸出されるケースもある。米中貿易摩擦で中国から米国への輸出が減少すれば、部材・部品を生産するタイにも影響が及び、経済の下振れ要因となる。景気が低迷すれば結果的に繊維産業にも悪影響が及ぶことが予想されることから警戒感は高まっている。