メーカー別 繊維ニュース

われら平成元年入社

2019年01月01日(Tue曜日) 午前11時34分

〈ニッケ 衣料繊維事業本部 製造統括部 印南工場長 近藤 浩行 氏/イタリアを圧倒したい〉

  ――入社の経緯、動機は。

 京都工芸繊維大学からニッケに入社。化学繊維を学んでいたが、モンゴルからの留学生がニッケの一宮工場を見学し、「素晴らしい」と報告してくれたことと、ゼミの先生から「素材の頂点はウール。ウールならニッケ」と聞かされたことが入社動機になった。実家が神戸でニッケ本店に近く、幼少期からその存在を知っていたことも影響したと思う。

  ――入社後の経歴は。

 織物の整理工程を担当し、各工場を回った。今は少し立場も変わり、製織や染色も担当している。

  ――仕事する上で意識していることは。

 ウールはさまざまな特徴を持つ。それを生かすも殺すも生産者次第。いかに生かすかを意識して商品作りをしている。ウールはまだまだ可能性を秘めていると思う。

 衝撃を受けたのが、イタリアのウールの専門学校に研修に行った時のこと。50社以上の工場を見学したが、目からうろこだった。それ以来、メード・イン・ジャパンのウール素材とは何なのかを真剣に考えるようになった。まねしていても勝てない。まだ答えは見えていないが、イタリアに追い付き追い越すため日々精進したい。

  ――今後の夢を。

 ウールの魅力を日本の消費者にもっと伝えたいし、イタリアのウールを圧倒したいという夢も、変わらず持っている。

〈ブラザー工業 マシナリー事業工業ミシン営業部営業企画グループ顧客支援チーム シニア・チーム・マネジャー 田中 正明 氏/情熱が一番大切〉

 ――入社の動機は。

 実家が鉄工所だったため、工作機械に興味があった。物心ついた時から父親が作業しているのを見たり、実際に手伝ったりしていたので、工作機械に携わる仕事がしたかった。工作機械メーカーはほかにもあったが、大学の時に先生から紹介してもらい、ブラザー工業に決めた。

 ――入社後の経歴は。

 まずはブラザー販売に入社し、最初の1年ぐらいはミシンの分解や組み立てなどの講習を受けた。その後はブラザー工業に出向し、そのまま転籍となった。それ以来ずっと工業用ミシンに携わっているが、無我夢中で仕事をしてきたので工作機械に未練はない。

 ――仕事の楽しさや気に掛けていることは。

 その都度で担当する仕事はいつも楽しくやりがいがある。プラント設計や工場指導に携わったことがあるが、生産性が向上するなど何か達成できたときは本当にうれしい。仕事をする上では、人とのつながりや関係性を大事にする。人から聞いた評価でその人を判断すると固定観念にとらわれてしまうからだ。

 ――今後の抱負は。

 部下がしっかりキャリアを積んで、良い人材に成長してくれることと、IoT(モノのインターネット)のシステムを事業に貢献できるようにすること。そのためには情熱が一番大切。熱い気持ちで臨んでいきたい。

〈三陽商会 事業本部セレクトショップビジネス部長 木南 元成 氏/「新人類」と呼ばれたバブル入社組〉

  ――入社の経緯から。

 就職時は、基本的に売り手市場。丙午生まれなので、その年の人口(大学生)も少なかった。また入社する時はバブル経済の真っただ中で、多くの学生が希望通りの会社に就職できた。私はファッションメーカーに就職したいと思い、モノ作りのスタンスなど三陽商会の社風に引かれた。

 入社後は営業部門を担当し、都内の百貨店を回る日々。今では信じられないが、いくら商品があっても足りず、ストックルームと店頭を往復する日が続いた。商品を掛けすぎたせいか、パイプ什器が壊れたことも。この頃は休暇を取得した記憶がほとんどない。バブルがはじけてもこの傾向は2~3年続き、テレビのトレンディードラマで俳優が着たアイテムにも大きな反響があった。

  ――営業職の苦労も多かった。

 当時の百貨店には単品の平場がたくさんあって、スペースの取り合いやお客さまへの声掛けなど、ちょっとした争いもあった(笑)。パソコンもなかった時代、手書きで納品書を作成したり、伝票を処理したりとにかく手仕事が多かった。

 私たちの世代は「新人類」と呼ばれていた。売り手市場でのんびりした学生が多かったのだろう。でも、なぜ新人類と称されたのかは今でも謎だ。時代は流れ、現在は厳しい市況が続く。若手社員が今後も食べていけるように会社を立て直さなければいけない。

〈平成元年(1989年)はどんな年?〉

 平成元年は、三菱地所が米国のロックフェラー・センターを買収するなど、バブル景気の真っただ中にあった。国際的には、天安門事件の発生、ベルリンの壁崩壊など、民主化のうねりが見られた。繊維業界では何があったのか。本紙の当時の記事で振り返る。

影響は少なかった/天安門事件

 「中国6・4天安門事件」が伝えられると、中国を供給ソースとする天然繊維、アパレルのデリバリーへの不安が高まり綿織物などは高騰した。しかし、素材、アパレルともに輸入増のペースは衰えず、実際の影響は少なかった。ただ、中国への見方が微妙な変化を見せたのは否定できない。

「新合繊」がリード/綿は輸入増で需給失調

 1989年は、合繊と綿で明暗が分かれた。明の合繊をリードしたのはポリエステル長繊維。短繊維から長繊維にトレンドが移行したのに加え、「新合繊」が合繊人気を一層あおった。一方、綿製品は、輸入の激増で、総在庫が8月に過去最高の100万¥文字(G2-1004)に達するなど、需給バランスの失調が一段と深刻化した。

消費意欲が下支え/大型小売業

 百貨店、量販店をはじめとする大型小売業はおおむね順調だった。その背景には、内需主導による一般景気の拡大、安定した物価の動きに加え、個人消費の堅調さがある。

インポート物が好調/ジーンズ

 ジーンズ市場はこの1年、イタリア、フランスを中心とするインポートジーンズの活況に沸いた。インポートジーンズの展開は2、3年前から活発化した。この年だけで20以上のブランドが導入されている。