繊維街道 私の道中記/内外特殊染工会長・内外特殊エンジ社長 岩見 秀雄 氏④

2019年03月14日(木曜日)

足首切断、民事再生へ

  機器販売に反対していた父親も、エンジニアリング部門を立ち上げた後は何も言わなくなった。「好きにしたらいい」と語っていたという。岩見より遅れて入社した長男と次男は当時、それぞれのために父親が作った別会社に移っており、本体とは無関係になっていた。父親は当時も社長を務めていたが、内外特殊染工のこれからを岩見に託すことを既に決めていた。父親の黙認を得て内外特殊エンジを設立した岩見は、新たな発明にまい進する。

 1995年に、現在までの累計販売数が500台以上に達している高効率水洗機「ウルトラ・ビーティング・ロータリーワッシャー」(UBR)を開発した。それまでは、染色した生地を湯の中に通し、時間をかけて洗っていました。これだと、時間、水、スペースがもったいないと思い、UBRを開発しました。その後も改良を重ねており、昨年新型機を発売しました。

  新たな機器の開発・販売にまい進していたある日、企業の存続を揺るがせかねない大事故に見舞われる。

 2000年3月20日の朝、8時ごろでした。機械を売るために、愛知県蒲郡市へ車で向かっていました。高速道路でパンクしてしまいます。路肩に停車し、ジャッキを取り出して修理に取り掛かりました。すると別の車が突っ込んできて、その拍子で飛んだジャッキが、私の左の足首を切断しました。

 しかし不思議と落ち着いていました。しびれる感じはありましたが、痛いとは思いませんでした。転がった足首を拾って元の所に“くっつけ”、厚手の靴下をはいて外れないようにしました。ネクタイを外し、追突した運転手に左の太ももを縛るよう頼みました。なんとしてでも足を元通りにしないといけないと思い、自分の携帯で救急車を呼んで病院に行き、足をくっつけてほしいと頼んだのですが、無理だと言われる。再び救急車に乗って別の病院へ行きました。11時ごろになってやっと、滋賀県栗東市の済生会病院が応じてくれました。手術は昼に始まって夜の8時までかかりました。

  手術が成功すると、取引先に加え銀行の支店長クラスも次々と病院に見舞いにやって来た。前年の1999年に国民銀行、幸福銀行、東京相和銀行、なみはや銀行、新潟中央銀行が破綻。2000年に入っても、第一火災海上保険、第百生命保険、大正生命保険、千代田生命保険、協栄生命保険が破綻に追い込まれた。そんな時代の話である。

 支店長クラスまでが見舞いに来てくれるので、ありがたいことだなと思っていました。ところが、そうではなかった。私の様子を見て、危ないと思ったのでしょう。3月末に、当社の手形が割れなくなってしまいました。このままでは会社がつぶれてしまうと思い、知り合いの弁護士に相談すると、民事再生法が使えるかもしれないという。

(文中敬称略)