繊維街道 私の道中記/内外特殊染工会長・内外特殊エンジ社長 岩見 秀雄 氏⑤

2019年03月15日(金曜日)

子供たちの夢を見守る

  岩見は弁護士の助言を受けて事故の翌月、施行されたばかりの民事再生法適用を申請する。京都では2番目の申請だった。これにより、担保に入っていた工場の土地や設備などの財産に対する保全命令が出る。岩見はすぐに、再生手続きを開始してもらうため、債権者を説得して回った。改めて言うがこの時岩見は、手術直後、入院中である。

 医者は責任を持たないと言いましたが、会社をつぶすわけにはいきません。妻と長男に車椅子を押してもらい、銀行を説得しに何度も通いました。商売上の取引先は、当社の技術を買ってくれていたので、ほとんどが再建に賛成してくれました。反対したのは、一部の銀行です。

 会社が左前になったから民事再生法適用を申請したわけではありません。会社は毎年利益を出していました。お金はあったわけです。加えて、事故の加害者の保険が下り、かなりの額のお金が入ってきました。ですので、担保差し押さえの意向を示した銀行には、借金を返済しました。銀行側は、そんな力があったのかと驚いたようです。

  病床から債権者を説得しに回るという、超人的な岩見の働きで、再生手続きが同年6月に始まった。その2年後には、再生計画で約束した返済を完了、“普通”の会社に戻る。岩見自身も、手術でくっ付けた左足の壊死した肉をそぎ取って新しい肉を再生させるという地道な治療を重ね、1年後に退院した。そして再び、発明に没頭する。

 ボイラーの蒸気を利用して発電する「バイソンサイクロン・ジェネレーター」を発明しました。蒸気を25㌧使用している岐阜の染工場に、その使用量なら30㌔㍗の発電が可能だと売り込んで、買ってもらいました。ところがいざ稼働させると、25㌧流れるはずの蒸気が20㌧しか出ない。当然ながら発電も25㌔㍗にとどまりました。先方の工場長は約束が違うと怒ってくる。25㌧の蒸気を流せば約束通りになると言いましたが、「これまでと同じ仕事をしているのだが、20㌧しか流れない」と言う。

 なぜなのか分からず、立命館大学の先生に相談すると、「同じ仕事量でも蒸気の使用量が減るのなら、発電よりも省エネの機械として売った方がいい」とアドバイスされました。それで、発電の「バイソンサイクロン・ジェネレーター」ではなく、省エネの「バイソンサイクロン」として売ることにしたんです。

  岩見は、3男1女に恵まれた。3年前、内外特殊染工の社長を長男に委ね、自身は会長となった。内外特殊エンジの社長は今も岩見だが、次男が業務部長、長女が営業部長、三男が開発・製造部長として岩見を支えている。後継体制を整えた下町のエジソン。「やりたいことはまだまだいくらでもある」と語りながらも、今後は子供たちの夢を見守るつもりのようだ。

(この項おわり、文中敬称略)