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宇仁繊維 創立20周年 特別対談/宇仁繊維 社長 宇仁 龍一 氏×日本ファッション産業協議会 会長 三宅 正彦 氏/国産にこだわり、世界を開く

2019年04月01日(Mon曜日) 午後3時51分

 今年4月で創立20周年を迎えた宇仁繊維。この20年間で減収決算は一度もなく、2018年8月期単体決算は売上高が75億円(前期比0.4%増)で、グループ売上高は100億円に達した。国内市場が縮小する中で成長を遂げられたのは、創業者である宇仁龍一氏の「こだわり」によるところが大きい。個人的にも親交のある日本ファッション産業協議会(JFIC)の三宅正彦会長との対談で、そのこだわりを聞くとともに、お二人に日本の繊維・ファッション産業の未来を語ってもらった。

〈メーカー的発想が成長を支えた〉

  ――宇仁繊維が創立20周年を迎えました。

 三宅氏(以下、敬称略) 私が会長を務めるTSIホールディングスの母体となったサンエー・インターナショナルも、元は宇仁繊維さんと同じく大阪・船場の生地屋です。今では船場の生地屋は本当に減りました。その中で宇仁さんが頑張って会社をここまで大きくしたということは、本当にすごいことだと思います。

  ――宇仁さんと三宅さんの出会いは。

 宇仁氏(同) 伊藤忠商事に勤めていた共通の知人に紹介してもらったのがきっかけです。15年ほど前でしょうか。そのときに三宅さんに言ってもらった、「大阪・船場の生地屋として頑張ってほしい」という言葉がものすごくうれしく、今でもずっと頭に残っています。

 三宅 宇仁さんは、私が理事長を務める日本ファッション・ウィーク推進機構(JFW)が主催する「ミラノ・ウニカ」の日本コーナーにも皆勤で出展してくれていますし、JFICとして取り組んでいる「J∞クオリティー」の理念である国産という観点もずっと大事にしてくれています。生地商社の多くが備蓄量を縮小したり、備蓄販売から撤退する中で、宇仁さんはかたくなに備蓄を続けている。その希少性が今の成長を支えているのではないかと思います。

 宇仁 私は兵庫県・播州産地の生地メーカー、桑村繊維の工場育ち。海外も68カ国行きましたが、語学はからっきしだめ。自信があったのは、モノ作りだけです。宇仁繊維でやったのは、機械(織機)を持つこと。提携機業に貸与する形での保有で、現在では2工場11台です。この機械をいかに効率よく動かすかを考えました。小口オーダーはC反が発生しやすい。大口のほうがコストも安く上がる。いかに大口を受注するかが工場にとっては生命線。しかし、そう簡単に大口はもらえない。

 そこで当社が取り入れたのが、小口を受けても余分に織るという手法です。例えば、1反のオーダーをもらったら、10反織る。残りの9反は加工やプリントで顔を変えて自分で売る。その結果が備蓄なのです。備蓄することが目的ではなく、経済単位でコストを抑え効率的に生産することを考えた結果が備蓄ということです。反染めも加工も織りと考え方は同じです。染工場への投資を進めたのも、この観点です。コストとスピードを追求するのが当社の姿勢。ここに関しては世界一であるという自負を持っています。

 三宅 大阪の船場には昔から問屋業が多く、メーカー的な発想をするところは少ない。商社や問屋が右から左に生地を流すというビジネスモデルは徐々に存在できなくなりました。宇仁さんが成長できたのは、メーカー機能にこだわったからだと言えるのでしょうね。

〈展示会が顧客開拓の原動力〉

  ――宇仁繊維は不特定多数の顧客に小口から販売するという販売手法です。この手法も成長の原動力になったと思いますが。

 宇仁 宇仁繊維を立ち上げた当初はプリント下地を京都の生地商社、いわゆる“京都筋”に販売していました。しかし徐々にこの京都筋向けの商いは難しくなっていきました。京都筋そのものが衰退していったからです。そのころに出展したのが、「ジャパン・クリエーション」(JC)という展示会です。

 JCが新規顧客開拓に大きく寄与しました。桑村繊維時代、大阪から東京に営業に出向くと、名刺も受け取ってもらえないことがありました。「おまえはどこの誰だ?」といった具合です。新規開拓の大変さを身に染みて知っています。JCではブースを構えているだけで新規のお客さんが次々にやってきてくれる。しかも名刺を携えてです。こんなうれしいことはなかったですね。以来、今の「プレミアム・テキスタイル・ジャパン」(PTJ)展も含め、展示会には全力投球で臨むのが当社のモットーです。展示会で得た顧客情報をモノ作りに生かす。このサイクルを徐々に確立していきました。

 三宅 JFWがJCやPTJを主催するようになって14年になります。アパレルの東京コレクションとテキスタイル展の開催という二つの事業がありますが、実は当初はアパレル事業のみで立ち上げる予定でした。当時の経済産業省製造産業局・宗像直子繊維課長が、テキスタイル事業も必要だと説いたことが、JCの開催につながりました。私はなぜテキスタイルを?との疑問も持ったのですが、指示通りにやってみました。今ではやってみて良かったと思っています。

  ――JFICはJ∞クオリティー認証事業を通じて国産を推奨しています。

 三宅 J∞クオリティーは製品認証です。生地は一つの条件であり、生地のみでは認証は取れません。生地のみにまで解釈を広げようとも検討しましたが、さまざまな問題があり、頓挫しています。そんな中で宇仁さんは自発的に生地の国産主義を追求し、それを海外にも販売している。これが素晴らしいですよね。

 宇仁 海外で生地を作る手法を知りません。それが、当社が国産にこだわる理由の一つです。もちろん国内産地に元気になってほしいという願いもありますし、これからも国産にこだわります。JC出展の際には三宅理事長に生地への理解があったことが助けになりました。昨年までテキスタイル事業委員長を務めていた貝原良治さんもやりやすかったのではないでしょうか。

〈日本の産地にしか出来ないことがある〉

  ――モノ作りにもデジタル化の流れが押し寄せています。

 三宅 山形県米沢市に最新の縫製工場を設立しました。東京スタイルが42年間保有していた工場を、場所も変えて新たに作った形です。どうせやるなら最新鋭のものをと考えました。デジタルミシンを導入して“見える化”を図り、デザインシステムや自動裁断機も入れました。ただ、デジタル化、スマートファクトリー化は実際にはまだまだ難しい面があります。生地ならなおさらではないでしょうか。生地は、手仕事に近いからこそ良い物ができるという側面が強いですからね。

 宇仁 そうですね。生地は職人技や手仕事といった要素が差別化になる世界。当社は今、ジャカード織物をプリントとの組み合わせなども含めて大幅に増強するプロジェクトを進めており、好評です。中国など海外が手を出せない、出さない世界だと言えます。海外がしないこと、海外でできないことを追求するのが当社のこだわりの一つです。

 三宅 確かに、日本の産地には世界に認められる技術が幾つもありますね。日本の強みでしょう。

  ――海外で高い評価を受けている日本の生地ですが、今以上に輸出を伸ばすためには何が必要なのでしょうか。

 三宅 約20年前にイタリアのビエラに行きましたが、今と全く変わっていません。良い意味でです。染め屋、撚糸屋、織り屋、それぞれの会社や職人がスムーズに代々受け継がれていて、組合や大学もしっかりある。イタリアは国を挙げて繊維産業を守っている。これはやっぱりすごいと思う。結局は、良い物を作り続けていくしかない。モノ作りへのこだわりや、変わらないことの大切さなど、イタリアに学ぶべきことは多いと思います。

 宇仁 三宅さんともよく話しているのですが、日本は欧米と比べてブランド力が圧倒的に弱い。当社の販売先に「イッセイ・ミヤケ」があるのですが、ここはすごい。ブランド力もあるし、デザイン力や生地を見極める力もあります。一つのお手本ではないでしょうか。生地でも製品でも、ブランド力を身に付けることが日本の課題だと思います。

 三宅 製品の良しあしは生地である程度決まってしまいます。製品そのもののデザインには限界がありますからね。日本の生地には幸い、国際競争力がある。世界で戦える商品だと思います。

 宇仁 そこで問題になるのが、産地企業の後継者難です。危機的状況にあります。

 三宅 それもそうですし、親機、子機、孫機という区分けが存在しにくくなっています。企業としてはある程度のロットが必要ですし、分業の限界が来ていると思います。機業が染工場を吸収する事例もありますが、今後はこうした一貫化が生き残りのポイントになってくるはずです。

 宇仁 分業の限界は私も感じています。グループ化や連携が生き残りへの必須条件でしょう。デニムのカイハラさんも紡績、ロープ染色、織布という一貫の強みを発揮していますし、当社が設備投資や資本参入を進めてきたのもこの観点です。

 三宅 モノ作りの一貫化、グループ化を進めない限り、産業として生き残ることは難しいでしょうね。例えば染工場が単体で利益を出すことは相当に難しい。賃加工では値切られますからね。一貫化やグループ化で全体として利益を出す。これを本気で考えていかなくてはいけません。産業として残すのなら、イタリアのように政策として考える必要もあります。

 宇仁 その点でもブランド力の引き上げは有効だと思います。ブランド力があれば、小売価格は上がり、中間のモノ作り企業もその恩恵を受けられますからね。

 三宅 これからは二極化の時代。ブランド化が求められるのはアッパーゾーン。ボリュームゾーンに日本のモノ作りが介在することは難しいですからね。

〈ECは大歓迎。スピードある当社の出番〉

 三宅 デジタル化や3D計測器など、個人対応の別注が増える流れがあります。こうなると生地メーカーは大変になると思うのですが、宇仁さんはどうお考えですか。

 宇仁 当社にはスピードという武器があります。ここには自信を持っています。ただ、当社のスピードがいくら速くても、縫製が海外の場合はトータルで時間がかかってしまう。ですから、自動縫製というビジネスモデルを早く実現してほしい。そうなれば人件費の高い日本でも縫製できますし、スピードのある当社の出番になります。

 三宅 自動化、ロボット化によって不要な人材も出てくるでしょう。当社の電子商取引(EC)比率は20%弱ですが、これが30%になれば、また景色も変わる。ECを利用する客は基本的に安さを求めます。良いものをリーズナブルに売らなければいけないわけですが、アパレルは今、原価がかかりすぎている。ECの浸透によってコストの持ち方が変わっていくことは間違いないでしょう。

 宇仁 当社はECを大歓迎しています。ECによって販売経費などが抑制され、そのコストが生地代に回ってくることも想定できます。そうなればもっと良い生地を作ることができます。

  ――最後に三宅さんから、20周年を迎えた宇仁繊維に期待することをお話しいただけますか。

 三宅 これからもメード・イン・ジャパンにこだわり、それを海外に発信していってほしい。生地がなければアパレルは存在できないわけですからね。イタリアの生地メーカーは本当にすごいと思いますが、負けずにやってほしいし、十分に戦えるはず。アパレルにとっては宇仁さんのような備蓄機能にも本当に助けられます。30年、40年に向けてますますのご発展を祈念しています。

  ――本日はありがとうございました。