繊維街道 私の道中記/豊栄繊維 代表取締役 北丸 豊 氏(4)

2019年04月25日(Thu曜日)

農林省も予算をつけたが

  北丸は、自身が理事を務める京都原糸商協同組合の理事会で、組合事業として実験させてほしいと訴えた。すると、その費用を組合が持つことが決まる。

 インキュベーターを買って組合の一室に置き、実験しました。蚕が繭を作るまでに45日ほど必要です。繭を作ったら別の蚕をそこで飼うのですが、そうすると病気になりがちです。ですので、同じ場所での蚕の飼育は、普通は年3回まで、多くても、年4回までで、それ以上になるとウイルス病が発生するといわれていました。ところが、インキュベーターの中で36回連続で育てることができました。蚕糸業の常識を覆す驚異的な結果でした。

  この結果を受けて北丸は、松原教授ら合計6人と共同で、「周年無菌人工飼料養蚕工場」についての論文を発表。そして、工場の開設に向けて動き出す。

 京都原糸商協同組合の理事長とともに、当時の京都市の染色試験場の北側の建物を繭工場として使わせてほしいと京都市に頼みに行き、了解してもらいました。農林省(現・農林水産省)も予算をつけてくれることになりました。

   当時、日本の養蚕が消滅するのではとの危機感が急速に高まっていた。絹業界も、養蚕業の衰退を見越して製糸メーカーの廃業を強く危惧していた。京都市や農林省が援助してくれることになったのも、そんな時代背景があったからだ。

 私が欧州に出張している間に、農林省の蚕糸園芸局の課長が理事長に、調査費として5千万円出すと告げました。すると理事長が、「5千万円ぐらいをもらうために申請したわけではない。その程度なら私が出す」と他の人もいる所で怒鳴ったそうです。

 欧州出張から帰るとその課長に呼び出され、「せっかく予算をつけたのになぜ怒鳴らねばいけないのか」と今度は私が怒られました。組合が申請したのは10億円程度でしたが、農林省としても言われた年に全額出せるはずはありません。

 ただ、理事長には、今年やらないと間に合わないという切迫感がありました。その気持ちも分かります。今やらないと、廃業する製糸メーカーが連鎖的に出るとの予感がありました。でも、日本で繭生産をちゃんとやることができるようになれば、廃業を思いとどまるかもしれない。そう思ったからこそ、農林省も予算をつけてくれたのですが。初年度に5千万円も予算をつけるなんて、農林省にすればかなり思い切ったことだったと思います。

  日本初の全齢無菌養蚕工場建設構想は結局、頓挫してしまう。ところが、2015年、北丸は経済産業省にこの話を持ち掛ける。

 養蚕農家が200人に減り、平均年齢は84歳に上がっていました。日本の絹文化が風前のともしびになっていました。日本の絹文化を見捨てていいのかと経産省に働き掛けました。すると、地域活性化事業として、京都府京丹後市、新潟県十日町市、熊本県山鹿市での工場建設運営の予算を組んでくれました。私は1カ所にしてくれと言っていたのですが……。

 北丸は現在、京丹後市の無菌繭製造工場の運営に関わっている。同工場では、遺伝子組み換えによる蚕も既に作り出している。

(文中敬称略)