繊維街道 私の道中記/大城戸織布 代表 大城戸 祥暢 氏(4)

2019年05月30日(Thu曜日)

「大丈夫か、お前」

  失敗作だと思った「湯上がり美人」が受け、自販が始まったが、空いた織機1台だけで対応していたので、色違いの生地を求められるたびに経糸をつなぎ替える必要があった。

 顧客が2軒、3軒と増えていく中で、生成り、黒に加え、ベージュも欲しいとの声が出てくる。そのたびに経糸をつなぎ替えて対応していたのですが、しばらくすると、空く織機がもう1台出ました。それを黒専用にすることで効率が上がりました。

  その後も、産元からの発注減で、空く織機が増えていった。大城戸はそれを、自販用生地の生産に充てていった。

 織機に空きが出れば、産元に仕事をもらいに行くのが普通ですが、それをしなくなりました。

  産元の中には大城戸の試みを快く思わない企業もあった。ある企業ははっきりと不快感を示した。

 当時、産元の中には「機屋のくせに」と思っていた企業がありました。「自販を続けるなら取引をやめる」と言ってきた企業も1社だけですがありました。「どうぞ」と返しました。それを聞いた父と母は「大丈夫か、お前」とびっくりしていましたが。

 産元の商売の邪魔をしているとは思っていません。産元の前に出て、安く売ろうとしているわけではありません。産元とはジャンルが違う商売を行っていると思っています。

  湯上がり美人で自販を開始した大城戸はその後、さまざまな展示会に出展する。

 さまざまな人に出会いたいとの思いもあり、いろいろな展示会に出ました。そうすると徐々に、当社に合う展示会とそうでない展示会があることが分かってきました。当社には、大きな展示会よりも、比較的小さな展示会が合います。大きい展示会だと、価格の話から入ってくる客がいますが、小さい展示会だと、どんな企業が出展しているか分かって来てくれるので、当社には合います。

  大城戸織布は現在、売上高の半分前後を、自販で稼ぎ出している。残りは、従来型の賃織りによるものだ。

 持ちつ持たれつの付き合いを続けてきた産元向けの仕事は今も続けています。自販を、賃織りと同等の規模になるまで10年かけて徐々に増やしてきましたが、今がちょうどいいバランスだと思っています。事業を安定させるには、賃織りも必要です。

  大城戸が作り上げたビジネスモデルは、個人経営に近いアパレルメーカーそれぞれの専用生地を、1着分(2、3㍍)だけであっても受注生産することを可能にするものだ。そのことが口コミで広がり、自販の顧客は現在50軒前後に達している。

(文中敬称略)