繊維街道 私の道中記/ユキトリイ・インターナショナル デザイナー 鳥居 ユキ 氏(3)

2019年06月26日(Wed曜日)

パリでの苦労も喜びに変わる

  鳥居がパリで発表したコレクションは、日本人のアイデンティティーを印象付けるものだった。伝統的な十字絣(がすり)や矢飛白(やがすり)、市松模様に、同氏が得意とする華やかなフラワープリントを巧みに組み合わせた。シャンゼリゼ通り沿いのブティックには、「ユキトリヰ」のドレスやスカート、ショーの内容を伝えるパネルが飾られるようになる。

 パリは、しっかりと受け入れてくれる街。若い日本人デザイナーがデビューショーを行っても、内容が良ければ評価してくれます。メゾンの歴史やビジネス規模の大小も関係ありません。たとえ小さいホテルでショーを行っても、(ホテルの大小にかかわらず)良いものは良いと。ただ、その後のスタンスが大事。フランス人は、その後の姿勢を見ています。パリに根付き、コレクションを実施することで、ようやくフランス人も認めてくれるわけです。

 これが米国人だと、歴史のある大きなホテルでショーをしないと「レベルが低い」と見なされることがあるんです。日本人でも、中身はともかく、(有名百貨店の)包装紙で喜ばれることがありますよね(笑)。外見で判断するのもお国柄ですが、フランス人は何ごとも中身で判断するのです。

 苦労もあれば、驚きもありました。パリで通関手続きを終えたら、コレクションのサンプルがなくなったこともありました。それも原価の高いシルクや刺しゅうを施したドレスが盗まれたんです。見る人が見たら、高いものだと分かるのでしょう。さらに、ショーが終わったらアクセサリーのほとんどが消えていたりして。誰かがゴミ袋に入れ、捨てるふりをして外に持ち出したようです。また、国交のない共産圏の国にトランクが行ってしまったことも……。こうした経験は何度かあり、冷や汗をかきながらショーの準備をしていました。

 でもね、パリの人たちはとてもファッションが好き。パリコレクションを誇りに思っているんです。飛行機のパイロットや運送業の運転手も、東京から来た私に対して敬意を持って接してくれる。パリコレの時期に一般の人も集まってきます。驚いたのは、(いつも依頼する)パリの運送業者が私のコレクションを非常によく理解していることでした。運んだ後に「いつもより色が少ないね」「花柄のプリントがないぞ」などと言われることもありました。配送後の分類も完璧で、当社のスタッフよりもコレクションをよく理解していました。さすがモードの都、パリですよね。

  パリへ進出し「世界は一気に近くなった」と鳥居は話す。既にこの頃、「パリと東京で売れるモノは一緒になった」と当時を振り返る。インターネットや会員制交流サイト(SNS)がない70年代後半という時代で、ビジネスのグローバル化を体現。パリモード界での存在感を確かなものとした。前述した伝統素材のアイテムに加え、日欧でジャカード織りのニットや絞り染めのパーカ、ツイード素材のジャケットがヒットした。

 商品は売れましたが、満足はしていませんでした。ある時、赤いドレスの仕上がりが(奇麗すぎて)気に入らなくて、アトリエのバスタブでジャブジャブと洗ったこともありました。突然の奇行にスタッフは面食らったと思いますが、フリルに独特のニュアンスを出したかったんです。いろいろありましたが、パリでは苦労と驚きがクロスオーバーし、喜びをもたらしてくれました。

(文中敬略称)