秋利美記雄のインドシナ見聞録(65)/思考回路が懸け離れ

2019年08月19日(Mon曜日) 午前11時49分

 今では町の隅に追いやられた感があり、街中で見掛ける機会もめっきり減ったが、3輪の人力車「シクロ」は映画のテーマとしても採り上げられたベトナムを感じさせてくれる風物の一つだ。

 今月初め、ホーチミン市訪問中の83歳の日本人男性が、このシクロでぼったくり被害に遭った。

 男性は朝、散歩に出掛け、サイゴン市場近くでシクロに誘われて、宿泊先のホテルまで乗って帰った。

 ホテルまでは約2キロ、乗車時間にしてわずか5分。

 男性はシクロ運転手にお礼の気持ちを込めて50万ドン(約2310円)を渡そうとした。タクシーで行っても、5万ドンもかからなかったのに。男性には現地に住む息子がいて、何度もベトナムに訪れていたので、全く相場観がなかったわけでもないようだ。

 だが、運転手が不満顔を見せたため、男性はさらに幾らか渡そうと財布を取り出した。「0」が多数並んだ、なれない紙幣にもたついているところ、運転手は財布を取り上げ、中にあった紙幣290万ドンをとって、その場を去っていったという。

 日本人男性は現地紙に、最初に値段を確認しなかった自分にも非があると語っていたらしい。相場の10倍以上もあげるわけだから、感謝されるだろうと思ったところ、逆にもっと出せと迫られて日本人男性は驚いたに違いない。

 でも、シクロの男はそうは考えなかったのだろう。黙っていても、ポイと10倍以上の料金を払えるわけだから、もっともらっても大して懐は痛まないだけの余裕があると見て取ったのではないか。相場をはるかに超える金額を払ったために、男は悪事を思い付いたのかもしれない。

 地元新聞で事件が翌日報道されると、ネット上では、「これはぼったくりではなく強盗だ」と大勢の一般市民がシクロを非難する書き込みが相次ぎ、「ベトナムの威信を守るためにも警察は犯人を捕まえろ」との声が多数上がった。

 警察は町の各所に設置されているビデオカメラに映った映像を公開した。果たして、シクロの男は観念したのか、事件発生から3日後に警察に自首してでた。自首の際にわび状を持って出たのだが、このあたりがまた、小賢しいと言うか、機転が利くと言うか……。

 実際に、本人たちに聞いて確かめたわけではないが、新聞報道から推測する限り、おのおのの思考回路が大きく懸け離れていたように感じられてしかたない。

あきとし・みきお 繊維製品輸入販売会社カラコロモ〈東京〉代表、ミラン・コンサルタント〈ホーチミン〉副会長