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繊維街道 私の道中記/モリリン 取締役相談役 森 克彦 氏(3)/百貨店への卸に挑戦したが……

2019年11月27日(Wed曜日) 午前11時19分

 当時の同社に、百貨店への販売実績はなかった。森は、ロイスディビジョン部長に就き、ロイスを扱ってくれる百貨店を開拓し始める。

 実際にやってみると、本当に難しかった。モリリンですと百貨店を訪ねると、「糸屋だろ」と言われます。製品を売っていますと言っても、「量販店向けの安物だろ。もう来るな」といった反応でした。

 最初に採用してくれたのは、横浜の百貨店でした。随分昔ですが、同店の催事で、ある業者を通じて当社が製造した子供用合繊ブレザーを販売し、飛ぶように売れたことがあります。その時の担当係長で、当時課長になっていた方が「面白い」と扱ってくれることになりました。

 その後売り場は増え続け、多い時には30店舗以上となった。しかし利益が出ない。撤退を決断せざるを得なかった。

 将来のモリリンのためにも、なんとか売り場を持って販売する事業をものにしないといけないと頑張っていたのですが、狙いがニッチな市場だったので、売り上げが拡大しないため固定経費が賄えず、赤字が続きました。分社化して固定費を下げ、一つの小さな事業として成立させることは可能でも、モリリン全体へ広げることは難しいと判断しました。アパレルの仕事を商社がするのは、会社の仕組みが違うので大変だと言われていました。そんなことはないだろうと思っていたのですが、やはりその通りだった。

 ロイスは当時のモリリンにとって異質な事業だった。このため、スタッフの行き場は社内になかった。

 一緒にやってくれた人たちを受け入れてくれる先を、頭を下げて探しました。売り場によってはものすごく売れており、「なぜ販売を止めるの」と聞かれるぐらいいい商品を作っていたという自負はあります。しかし、(それで)ついつい(スタッフを)長く引っ張ってしまったと反省もしました。

 ロイス事業から撤退した森は、製品部門全体を担当する。

 部門のGMS向け売上高が順調に増えているのに、中身を調べてみるともうかっていませんでした。

 GMSを得意とする名岐のアパレルがコストパフォーマンスの非常にいい商品を供給し始めていたのです。一方当社があてにされていたのは裾の商品。「前年これだけ売れたから、今年はこれぐらい値下げしよう。そうすれば3倍ぐらい売れるのではないか」などと商談していました。しかし、そんな商売には明らかに陰りが出ていました。

 中国への生産シフトもその少し前から始まっていました。それまでは半年先、1年先に店頭で売る物を中国で作るという商売でしたが、3カ月先の物もという要求が出始めていました。

 このような変化に対応できるよう、営業員に商談の仕方や企画の組み立て方を変えてもらおうと、GMS勤務経験のあるコンサルトの方に指導を頼みました。従来の「御用聞き営業」を卒業して「提案型営業」のスキルを修得させようとしました。5年ぐらいでなんとかなるかなと思っていたのですが、結局コンサルタントの方に10年間指導していただきました。

 長年にわたって指導を受けたことは、この間に台頭してきた大手専門店チェーンへの営業にも役立った。

(文中敬称略)