明日へ これが我が社の生きる道 染色加工編(58)

2020年03月27日(Fri曜日)

天然発酵建ての藍の世界を

埼玉県羽生市の野川染織工業は、天然発酵の藍建てにこだわる企業だ。野川雅敏代表取締役(60)は「生きている藍を使っているので、“健康管理”に苦労する」と話す。この天然発酵の藍液で綛(かせ)染めを行い、製織と縫製も手掛ける。自社で一貫生産した独自ブランドは衣料品だけでなく、寝装にも広げる。

 野川代表取締役の曽祖父・喜之助氏がでっち奉公を終え、1914年に独立したのが始まり。当時の屋号は「喜之助紺屋」で糸染め専業だったが、2代目が織物生産も開始する。さまざまな紆余(うよ)曲折を経てきた同社だが、事業の大きな転換を図ったのが3代目・喜重氏だ。

 藍染め生地の主用途は野良着であり、反物を問屋に納めていた。しかしながら野良着は農業従事者の減少や戦後の機械化で着用者が減り、事業が成り立たなくなる。そこで喜重氏は剣道着のブランド「武州一」を作り、東日本を中心とする武道具専門店を通じて販売を行った。

 4代目の野川代表取締役は87年に入社。繊維とは全く別の業界にいたが、「家業を継ぐことは暗黙の了解だったので抵抗感はなかった」と語る。入社後、野川代表取締役は武州一の西日本での販路開拓に取り組む。いつしか剣道着のトップブランドへ成長するが、少子高齢化や剣道離れ、合成染料の台頭などの影響で需要が減少する。

 ここでも方向転換を迫られ、原点に立ち返って生活に根差した藍染め製品の開発に取り組んだ。出来上がったのが野良着(もんぺ、ももひき)をモチーフにしたイージーパンツ「たももパンツ」だった。自社ブランド「ブシュウ プロセス」を立ち上げて販売を始め、アイテムも順次追加していった。

 扱う製品が変化しても、天然発酵の藍建てへのこだわりは変わらない。「水に藍玉を入れるだけでは藍液は作れず、小麦粉などを混ぜ合わせて微生物をよみがえらせることが不可欠。この微生物が仕事をする」と言う。「藍は生きており、温度や気候で体調が変化する。健康管理にはかなり気を使っている」と強調する。

 この藍を生かした製品はさらに広がりを見せ、ベッドパッドや掛け布団、ピロケースなどを商品化した。寝装品はパートナーと一緒に販売するとし、取り組み先を探している。「藍染めの価値を認めてくれる企業との連携」を目指す。他社との協業の場合は同社の生地を表す「喜之助紺屋」のロゴを付ける。

(毎週金曜日に掲載)

天然発酵建ての藍の世界を

手動式の機械で染める

野川染織工業

社名:野川染織工業株式会社

本社:埼玉県羽生市須影878

代表者:野川 雅敏

主要設備:手動式綛染め機、織機16台、整経機1台、ミシン20台など

月産能力:平均3千㍍を生産

従業員:23人