繊維街道 私の道中記/オーダースーツSADA 社長 佐田 展隆 氏④

2020年07月30日(Thu曜日)

黒字化の裏に隠れていた問題

 営業部隊を率いることになったが、事は簡単には運ばなかった。顧客に対して提案ができる営業担当者がおらず、ほとんどが昔ながらの“御用聞き”に終始していたのが理由だった。佐田は改革に乗り出す。

 中国製の良さを訴えることの重要性を何度も説いたのですが、提案すらしていない営業担当者がいました。その代表が当時の専務です。多くの営業担当者が豊富な経験と実績を持つ専務の方を向き、私は援軍が来ない籠城戦を強いられていました。父に相談すると「お前が実権を握ってもいい」と許してくれました。

 一番の課題は営業担当者が着数を重視していたことです。工場を回すために閑散期料金や制服(大ロット)料金でいいから着数を取るという考え方です。これを改めることから始めたのですが、これまでの成長モデルの否定であり、「あいつは馬鹿だ」と言われました。中でも部長クラスの反発が目立ちました。

  会社存続には利益の計上が不可欠だったが、残された時間はほとんどなかった。焦る佐田の口調も強くなり、社員とのあつれきだけが大きくなっていく。ついに3人の部長から辞表が提出される。

 さすがに動揺しましたが、父は「お前について来られない人には辞めてもらえばいい」と支えてくれました。結局3人とも退職し、同業他社に移ります。顧客も持っていかれ、売上高は落ちてしまいますが、2カ月ほどで元に戻りました。退職者の代わりに引き上げた若手もよく頑張ってくれました。

 赤字を生んでいた着数重視の仕事をやめ、値上げに取り組みます。同時に中国生産のメリットの訴求に力を入れましたが、「客は中国製を求めていない」と話すテーラーがほとんどでした。「中国製のオーダーメードスーツでも売れる」。それを自らの手で証明する必要がありました。

  神田須田町(東京都千代田区)のガード下。テーラーのためのショールームを活用して小売りを始める。オーダースーツSADAが現在も店舗を「ショールーム」と呼ぶのはこれに由来する。

 国内最大級のショッピングサイトに出店するときに「オーダースーツSADA」の名を用います。共同購入サービス、今で言うクラウドファンディングのようなシステムを取り入れ、お試し価格で1万9800円を実現しました。数百着単位で売れ、中国生産を受け入れるテーラーが増えます。

 これによって業績もV字回復します。半期では営業赤字だったのですが、期末の7月には黒字浮上を達成します。私が会社に戻る前は赤字が3期続き、銀行から「4期連続の赤字は駄目」とくぎを刺されていたので一息つけた気がしました。その後も黒字が続き、私は救世主扱いされるようになりました。

  しかしながら黒字化の裏側には別の問題が隠れていた。物流費や給与などで「とんでもない額」の未払い金が残っていたのだ。もうかっているという話が世間に広まり、債権回収の動きが沸き起こる。

(文中敬称略)