倒産の危機からの脱却 縫製工場、アリエの変革 (前)

2020年10月15日(Thu曜日)

年商の7、8割の負債

婦人服縫製のアリエ(堺市)とそのグループ会社のリビエール(同)はかつて、大きな負債を抱え、倒産の危機に瀕していた。しかし、家業を継ぐべく35歳で入社した河村厚志社長(43)が、同工場の営業体制、製造体制に大ナタを入れ、短期間でよみがえらせる。新型コロナウイルス禍の今期(2021年3月期)も、苦戦するどころか大幅な増収になりそうだ。火中のクリを拾った後継者が、会社をどう変えたのかを紹介する。

 大学を卒業した河村社長は、大手ファストフードチェーンに勤務後、友人とIT関連の会社を起こしたり、飲食店を経営したりしていた。家業を継ぐことにしたのは、2008年のリーマンショックの影響でアリエが倒産の危機に瀕したからだ。入社した12年時点でアリエは、年商の70~80%に相当する負債を抱えていた。

 惨状を見た河村社長は、需要が季節要因で変わりがちな婦人服とは異なる分野での顧客開拓が必要と判断。同社向けの裁断やプレスを、同社に隣接する工場で担っていたグループ会社のリビエールを独立させ、スタッフ3人とともに営業活動を開始した。

 まず、自転車の付属品を作っていたメーカーの下請けから、自転車カバーの製造を受託。その後、医薬品・医療用機器などを製造する企業の下請けから、腰用のサポーターの縫製の受託にも成功する。この腰用サポーターの縫製がその後のリビエールの柱事業の一つとなる。

 腰サポーターの縫製には、婦人服とは全く異なるノウハウが必要だったため、当初は赤字だった。しかし、生産性が徐々に上がり、1年半ほどで利益が出るようになる。当時は孫請けとして縫製していたが、メーカーと直接取引できるようになり、腰サポーター専用の縫製工場を17年にリビエールの近隣に設けた。これにより従業員数は、アリエとリビエール合計で50人に増えた。