日中に架ける橋 我的繊維人生(下)/上海柳川大橋麻業 董事長 張 秋林 氏/日本の麻業界存続のために

2020年10月30日(Fri曜日) 午後1時23分

 ブリヂストンの常州工場の立ち上げを終えた1998年、オーハシセンイの大橋社長から後継者候補としての入社を誘われる。

 「既に私は50歳。迷いましたが“お父さん(大橋社長)”に恩返しがしたい、また好きな麻の世界に戻りたいと、入社を決断しました」

 2000年、大橋社長と張氏がそれぞれ出資し、江蘇省蘇州市で織布工場を立ち上げた。

 「蘇州工場の稼働準備のため、お父さんは末期がんの体にむち打って、酸素ボンベを付けて渡航しました」

 それから約1年後、大橋社長が亡くなる。日本の工場は生産を止め、オーハシセンイは休眠状態になった。

 そこで張氏は、オーハシセンイの精神を受け継ぐ上海柳川大橋麻業を05年に設立。原料をフランスから自社で手配し、中国の協力工場で糸と生地を生産、それを商社経由で日本市場に向けて販売していく。

 05年4月、英国の名門麻紡績、ハードマンズ社の商標「ハードマンズ」の中国生産と、日本でのブランド展開の契約を同社のジェームス・ハードマン会長と上海柳川大橋麻業、帝国繊維の三者で締結、翌年からハードマンズ・ブランドの糸と生地の生産を始める。

 14年7月には、張氏が青春時代に3年間を過ごした黒竜江省延寿県でリネン紡績工場を稼働。その翌年、オーハシセンイの取締役会長に自らが就き、滋賀県彦根市で倉庫業務を始めた。

 ここ数年は、自社紡績工場の品質も安定し、リネン100%に加え、リネンとポリエステルの混紡糸や生地、「ハードマンズ」のリサイクル混紡糸を使った生地などに商材を拡大している。20春夏向けからヘンプ糸の本格展開に乗り出した。

 先日、74歳の誕生日を迎えたが、ますます意気盛んだ。

 「あと10年は頑張りたいです。紡績から生地、染色、製品の販売まで中国と日本の企業が集まった『麻連合艦隊』が出来上がりつつあります。中国と日本で人材育成に取り組みながら、この艦隊を強化していきます」

 日本の麻紡績は、高齢化と後継者不足が進み、染色仕上げと特殊加工を残すのみだ。こうした中、日本での工場設立や、麻の専門家を育成する研修制度を立ち上げる構想を温めている。

 「日本の麻業界をなんとか残していきたい。これまでお世話になった日本の方々に恩返しがしたいです」

(この項おわり、上海支局)