元信金マンが 染工場に光を当てる (中)

2020年11月19日(Thu曜日)

パリで飛び込み営業

 トーゴに行く前に、現地と商売するなら法人を現地に作った方がいいとアドバイスされていた。会社を設立したいと現地の知り合いに言うと、なぜか畑に案内された。社屋を建てるためのブロックの材料となる土をそこで掘っていいという。話がかみ合っていないと思いながらも掘っていると、大学時代にトーゴに来た時の知り合いが通り掛かる。役所の幹部になっていた彼が、どうせ建てるならもっといい場所がいいと、表通りの土地を確保してくれた。そこに、土とセメントで作ったブロックで社屋の建設に取り掛かる。通りすがりの人々が続々と手伝ってくれ、2週間で完成した。同時並行で設立登記も終えた。トーゴに到着した翌月、2018年11月のことである。

 その翌月、トーゴで織り、西田が染めた生地が完成した。中須はそれを、フランスの著名ブランドに売り込もうと考える。フランスで価値を認めさせた後に、日本で売ろうという戦略だ。

 19年3月。中須は、トーゴで織り、西田が染めた生地で作った作務衣を身に着け、パリのシャンゼリゼ通りにいた。「ルイ・ヴィトン」や「シャネル」に生地を売り込むのが目的だ。アポはない。飛び込みで営業を掛けるつもりだった。当然ながら、門前払い。間が悪いことに、燃料税値上げをきっかけに始まったデモ「イエローベスト運動」に巻き込まれ、催涙ガスまで浴びてしまう。

 散々な目に遭ったが、作務衣姿だったことが幸運を呼び込む。写真を撮らせてほしいなどと、中須の周りに人だかりができ始めた。その中に、ギャラリーのオーナーがいた。事情を話すと、彼のギャラリーで生地について講演してはどうかという。願ってもないことと応じると、聴講者の中に、著名ブランドのデザイナーがいた。しかも、生地を買いたいと言う。

 とんとん拍子で話が進み、後はA4サイズ4枚の契約書に署名するだけになった。署名すれば指定口座にお金が入る。しかし中須は署名できなかった。契約書の中に、生地を作った職人の名を表に出さないとの趣旨の条項があったからだ。職人の名を表に出し、販促する時も職人の技のすごさをアピールしてほしいと頼んだが、受け入れてもらえなかった。だから、契約しなかった。

 もったいないと思う人の方が多いだろう。相手は、使ってもらえば確実に箔(はく)が付く高級ブランドである。しかし中須にとって、職人技をアピールできない商売は無意味だった。「私は売上高を追求したり、ちやほやされたりするために信金を辞めたのではない。職人の技に光を当てるためにこの道を選んだ。売れればそれでいいという考え方が、これまで職人を苦しめてきた」と語る。

(文中敬称略)