元信金マンが 染工場に光を当てる (下)

2020年11月20日(Fri曜日)

服作りのトーゴ・ツアー

 契約を見送った中須はその足で、トーゴに向かった。生産者の事情をもう一度確認したいと思ったからだ。そして、トーゴの織物産業はすそ野が広く、織布、染色業者だけでなく綿作農家もいることを知る。それらの全てが適正な利益を得ることができるよう、価値を評価してもらえる生地を作らないといけないとの思いを強くする。

 しかし、帰国した中須にはほとんど資金が残っていなかった。会社設立以来、収入がなかったのだから当然と言えば当然だ。そこで、トーゴで織り、染め職人の西田に染めてもらった生地でポケットチーフや名刺入れを作って売ったりした。売れるには売れたが、このような商売で事業を継続することは難しいと思い始める。

 そして昨年末、奇想天外な商売を思いつく。「自分だけの服を作るためにアフリカに行きませんか」というツアーだ。1週間40万~50万円の料金で、自分だけの服の素材作りの現場をトーゴで体験できると呼び掛けると、口コミで直ぐに20人が応募した。京都で開催された伝統工芸の展示会でアピールするとさらに増え、総勢100人ほどに。中須は、事業がようやく形になりそうだと意気込み、ツアーの準備を急ぐ。ところが……。

 当初は中国だけの問題と見る人が多かった新型コロナウイルス禍は、瞬く間に世界に広がった。今年6月に予定していた中須のトーゴ・ツアーも中止を余儀なくされる。

 それでも中須の挑戦は止まらなかった。4月に、中須著の『Go to Togo』が、烽火書房から発行される。起業に至る経緯と、その後の悪戦苦闘を赤裸々に綴ったものだ。その出版記念イベントがきっかけとなり、トーゴ出身の仕立て職人、デアバロ・カブレッサが3、4年前に日本に来て、京都に住んでいることを知る。トーゴという共通の話題があり、年齢も同じだったこともあって意気投合。協働することになった。

 西田が染めた生地をカブレッサに縫ってもらい、ブルゾンを試作した。これを、オーダーメードで販売するために、実店舗を今月8日、京都市で開店した。ここを拠点にコミュニティーの輪を広げたいという。

 新型コロナウイルス禍で西田の工場も、仕事がゼロになった。これを受けて中須は、ジーンズなどを持ち込み、世界的著名ブランドも注目する西田に手伝ってもらいながら染め替えることができる「世界で一着の服をつくる染め工房体験」イベントを企画した。“密”を避けるために1回当たりの参加人数を10~15人に絞っているが、初開催の6月以降毎月1回実施している。

 中須は、新型コロナ禍が収束すれば、トーゴ・ツアーを再開する予定だ。その先にも中須流の奇想天外な展開が待っているのだろう。世界に誇れる職人の技と、それを信念を持って世に問う人がいれば、日本の繊維産業にもまだまだ可能性があると思わせてくれる。

(おわり、文中敬称略)