ニイハオ!/三井繊維物資貿易〈中国〉董事長に就いた小久保 雅嗣 氏/日本に貢献できる会社に

2020年12月22日(Tue曜日) 午後1時20分

 海外駐在はベトナムで5年、香港で6年経験しており、今回が3回目となる。「またチャンスを貰えてありがたい。新型コロナウイルス禍で日本は厳しいが、こうした時に貢献できる会社にしたい」と話す。

 入社からほぼ一貫して、繊維関係の営業を務めてきた。駆け出し時代の10年間は、大阪で切り売り向け生地や裏地、ホームテキスタイルの製品を担当。生地と製品の多くが中国生産だった。「毎月1回、中国に出張した。工員の月給が200元、昼食は2元の時代で、庶民の生活は質素だった。取引先の工場では、仕事熱心な女性社員の馬力を見せつけられた」と振り返る。

 シアサッカーは南通、先染め織物は天津、コーデュロイは石家庄の工場などから仕入れた。日本の切り売り市場は良い時代で、こうした工場から100万メートルを買った年もある。

 03年からは、ベトナム三井物産ホーチミン店で対日製品の生産に携わる。製品はメンズスーツとスポーツウエアで、素材は中国や台湾、日本などから輸入した。「ベトナムでのビジネスは中庸がない。こっちの言い分が通るか、向こうの言うことを聞くかのどちらかだった」。

 取引先の国営工場ではかんかんがくがくの議論をした。苦労はしたが、白黒はっきりさせるベトナム風は気持ちが良かった。

 08年には、香港子会社のアルタモーダインタナショナルのマネージング・ディレクターに就任。最初の3年はバングラデシュとカンボジア、ミャンマーなどを活用した対日製品の生産に従事する。工場側は大きなロットを求めたが、小ロットの仕事が多く、そのミスマッチの調整に苦労した。

 後半の3年間は、欧米ブランド向けのOEM/ODMの新規開拓に取り組んだ。「専用ラインを持つベトナム生産はオーダーを取得したが、他工場でのオーダー取得には苦労した」。どちらも難しい仕事でさまざまな問題に直面したが、「そのおかげで海外ビジネスに関する引き出しは増えた」と自負する。

 駐在後、冒頭の「日本への貢献」は容易でないことを実感している。「中国企業は大胆で動きが速い。マーケットの変化も激しい」。まずは日本本社と連携し、「新しいことを仕掛け、チャンスを探っていく」と言う。

(上海支局)

 こくぼ・まさじ 1988年神戸大学経営学部卒業、三井物産入社。繊維部門の経理を経て91年、繊維部門の営業(大阪、東京)。2003年、ベトナム三井物産ホーチミン店。08年、三井物産関係会社(東京)。10年、香港法人アルタモーダインタナショナル。16年、三井物産ファッション繊維事業部。18年、同アイ・ファッション中部支店を経て、20年7月から現職。趣味は散歩とジムでのトレーニング。56歳