歩んだ道 歩む道  メーカーズシャツ鎌倉代表取締役 貞末奈名子氏(前)

2021年02月03日(Wed曜日)

信用金庫勤めから転身

 新型コロナウイルス禍の第1波に襲われていた2020年5月、こだわり抜いた日本製シャツを販売するメーカーズシャツ鎌倉(神奈川県鎌倉市)の代表取締役に貞末奈名子氏が就いた。先が読めない状況の中でかじ取りを強いられている貞末代表取締役は「守りを固める」ことに重きを置く。ただその瞳には将来展望も映っている。

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 メーカーズシャツ鎌倉は、奈名子の父である貞末良雄が1993年に鎌倉市内で立ち上げた。今ではシャツメーカーとして押しも押されもせぬ存在と言えるまでになった同社だが、創業時は鶴岡八幡宮に程近いコンビニエンスストアの2階に位置する小さなシャツショップに過ぎなかった。

 当時大学生だった奈名子は「困ったことになった」と感じたと言う。バブル経済が崩壊し、これからどうなっていくのかという不安感が日本中に渦巻いていたさなか。「もしもうまくいかなければ一家で夜逃げもあり得る。なぜ店を始めたのか、訳が分からなかった」と振り返る。

 大学時代にアルバイトで店を手伝うことはあったが、メーカーズシャツ鎌倉への就職は頭になかった。就職氷河期だったが信用金庫に採用され、繊維とは全く別の道を歩き始める。メーカーズシャツ鎌倉に入るのは良雄に誘われたから。事業が軌道に乗り、人手が足りなかった。

 「両親が困っているので仕方がなかったが、父を社長と呼ぶのは抵抗感」があり、「会社でも家でも逃げ場がなく、遠慮もない。家族と仕事をするべきではないと思った」と話す。

 一方で会社の売り上げは商品が認められ順調に伸びていく。マスメディアへの露出が増えたことで知名度が上がり、店舗数も拡大する。

 海外にも進出し、2012年に米国・ニューヨークに店を構える。良雄は「自分がやる」と豪語していたが、陣頭に立って実際に指揮を執ったのは、もともと管理部門で入社した奈名子だった。異国の地でそしてクレジットヒストリー(信用履歴)もない会社の海外進出には困難しかなかった。

 海外留学の経験もなく、英語もろくに話せなかったが、不動産契約から内装、ビザ関係までを取り仕切り、何とか出店を実現する。シャツは平均価格89㌦で売り出した。品質の良さが口コミで広がり、顧客は確実に増える。奈名子は18年に米国会社のプレジデントに就任する。

 海外では、中国市場にも目を向けた。19年に店を構え、20年に中国法人である美客思貿易〈上海〉の董事長に就く。着実な歩みを続けてきたメーカーズシャツ鎌倉と奈名子だが、日本だけでなく、世界中で感染拡大を巻き起こした新型コロナは、同社にも影を落とすことになる。

(文中敬称略)