明日へ これが我が社の生きる道 染色加工編(100)

2021年02月05日(Fri曜日)

インクジェットに特化 リーフ

 インクジェット捺染専業のリーフ(京都市)は、月間10万㍍強の捺染能力を持ち、生地コンバーターからの50㍍の小ロットはもちろん、大ロットの注文にも応じている。この対応力が評価され、業容を年々拡大。2020年3月期売上高は、橋本重恒氏(47)が社長に就任した06年以降では最高の水準となった。

 橋本社長の父が1977年に同社を創業した(当時の社名は大枝染色工場)。当初はローラー捺染機で浴衣地などにプリントしていたが、その後ロータリースクリーン捺染専業となり、80年代後半からフラットスクリーン捺染も開始する。

 橋本氏はそんな家業を手伝いながら育った。自社の職人にかわいがってもらううちに、彼らの技術を早く習得したいと思うようになり、高校を卒業するとすぐに入社した。92年のことだ。ただし、夜間大学には通った。当時は仕事も忙しく、午後5時過ぎまで働いた後に夜学に行き、10時過ぎに帰宅するとまた工場に入るという生活だった。

 フラットスクリーン捺染が好調だったため前社長である父親は、ロータリーを止め、フラット専業になることを決断する。ローラーでスタートし、ロータリー、フラットへと柔軟に転換してきたわけだ。2006年に社長に就任した橋本氏は、そのフラットからの転換も決断する。

 それまで減少傾向に転じていた売上高は、橋本氏の社長就任後に持ち直す。ところが就任の2年後にリーマンショックが発生。受注が激減し、初の赤字決算を余儀なくされた。一時的現象だと思っていたが、2年たっても改善しない。このままではいけないと思った橋本氏は、欧州で需用が高まっていると聞いたインクジェット捺染機の導入を決断する。

 導入することにしたのは、生産性が最も高いと判断したセイコーエプソンの「モナリザ」。それが工場に届いたのは、11年2月だった。その翌月、東日本大震災が発生する。当時、モナリザを導入している工場は、同社を含め日本に2社しかなかったとみられる。大震災発生から半年ほどすると、大手企業から、大口のインクジェット捺染依頼が舞い込んだ。これをきっかけに、同社のインクジェット捺染事業は拡大の道をたどる。

 設備投資も毎年のように行った。保有するインクジェト捺染機は現在10台。増設の過程で、フラットスクリーンからは撤退し、インクジェット捺染専門工場となった。反応、分散、酸性の各染料でプリントする。前処理から後処理まで自社工場内で行える体制も強みだ。現工場の隣接地に新工場を設け、テンターを導入した。水洗機も導入する予定だ。これまで外注していた仕上げ業務も内製化するのが狙いだ。

 橋本氏の社長就任以来の最高売上高となった前期から一転、新型コロナウイルス禍で今期は減収を見込む。それでも、2期前、3期前に比べると増収だ。

                 ◇

 本紙は、2019年1月から2年以上にわたり、本連載で全国の染色加工工場を紹介してきました。100回の節目となる今回をもって、染色加工編を終了します。3月から、縫製編をスタートする予定です。ご期待ください。

(この項おわり)

社名:株式会社リーフ

本社:京都市西京区

   大枝西長町2の110

代表者:橋本重恒

主要設備:インクジェット捺染機10台(「モナリザ」6台、海外メーカー製4台)

月産能力:10万㍍強

従業員:22人