特集 今治タオル産地(1)/新局面に挑む18年

2018年01月15日 (月曜日)

 「今治タオル」ブランドの浸透で7年連続の生産量回復を見せた今治タオル産地だったが、2017年は前年の生産量を割り込む見込みだ。既に16年の段階で、今治ブランドが爛熟期の様相を呈していたこともあり、産地のタオル関連企業は冷静に受け止め、新しい局面に挑む方針を示す。

〈16年の反動から調整期に〉

 17年1月から11月までの今治産地内綿糸受渡量(今治糸友会調べ)は56万40コリで、前年同期比7・8%減の水準。通年でも受渡量は16年を下回る見込みだ。

 今治糸友会を通さない糸の売買もあるため、綿糸受渡量の減少がそのまま生産数の減少につながるわけではない。しかし、産地内でも16年に比べ、生産工程の各所で多忙さを感じないとの指摘が目立つ。

 吉井タオルの吉井智己社長は「17年3月くらいまで、産地内の生産キャパシティーはギリギリの状態が続いていた」と振り返る。特に16年の今治産地のタオル生産量は1万2千㌧を超え、前年比5・2%増と急増した。生産現場が混雑し、納期遅れを懸念した問屋、卸業者などが生産計画を前倒しする動きが続いていたという。

 3月以降、その生産の反動が出るとともにカタログギフト用途を中心に製品がだぶつく傾向が重なり、夏ごろから生産調整に入ったとみられる。

 今治タオル工業組合の井上裕基理事長(=井上タオル社長)の「消費者に急激に認知される時期を過ぎ、生産適性化への過程に入った」の声に代表されるように、多くのタオルメーカー、染色加工を中心とする関連企業は生産量の減少について、一定の危機感を抱きながらも、冷静な見方を続けている。

〈“個”の魅力、発信へ〉

 “今治タオル”ブランドをプロデュースした佐藤可士和氏は、今年4月の「今治タオル本店」のリニューアルオープン時にフランスワインのシャトー(ワイナリー)の例えを用いた。“今治タオル”という集合体へ向けられた消費者の関心を、組合傘下企業が作る個々の特徴あるタオルへ深めていく方向性を示した。

 タオルメーカーの多くが、既に独自ブランド展開や新たな販路開拓を進めている。製品だけでなく、社屋や生産現場の快適性追求や従業員の福利厚生の充実、CIの制定などを通じ、ブランドを支える産地全体の底上げへの取り組みが目立つ。さらに生産現場を観光資源として活用する取り組みも始まっている。

 17年10月の今治タオルフェア会場で行われた「第22回タオルデザイン展」の入賞者表彰式には、「北関東の入賞者から『今治タオル産地』を訪れたいとの希望で参加があった」(今治商工会議所青年部の田中良史会長=田中産業社長)ように形となって表れつつある。

 今治タオルブランドもタオル業界だけでなく、 愛媛県、今治市の地域全体の資産として寄与していくことが次の目標になりつつある。

〈理事長インタビュー/今治タオル工業組合 理事長 井上 裕基 氏/“次”を模索する時期〉

 理事長に就任してから半年が経過しましたが、この間だけでも今治タオル産地を取り巻く環境に変化を感じます。

 2016年は一般消費者への認知度も広がり、今治タオルブランドの勢いを強く感じる年でした。昨年は、それと比べると落ち着いた印象で、産地内のタオル生産も前年対比では約5%減少すると予測しています。

 一方で、4月には今治タオル 本店をリニューアルし、販売だけでなく、体験型施設「今治タオルLAB」を併設することで、幅広い来店者が訪れています。県外からの観光客のほか、アジア圏の観光客のツアーの立ち寄り先に組み込まれるなど、この地域の観光資源として貢献できる存在になってきたと感じます。

 地域振興の面では、JFL所属のサッカーチーム、FC今治との関係を深めています。同チームのホームスタジアムが市内に完成しました。その9月のこけら落としでは、当組合から応援用のタオルマフラー5千枚を無償提供しました。

 今年開催された「えひめ国体」にも、愛媛県代表選手団が開会式の入場行進で手にするタオルハンカチと、観客全員参加の演舞用タオルを寄贈させていただきました。

 これらは商業的な成果に直結する活動とは言えないかもしれません。しかし、ブランドが次の段階に向かう時期に入ったと思います。地域に対して、今治タオルが貢献できることの模索は18年も継続する方針です。

 産地内の課題では、人材の確保、育成が急務となっています。産地内の人づくりが今治タオルブランドの価値を含めたモノ作りの基盤になることは間違いありません。

 育成面では厚生労働省認定の「今治タオル工業組合社内技能検定」の定着が産地内で進み、17年の“製織”の検定は2級に6人、1級に1人の合格者が出ました。特に2級では女性が2人合格し、初めての女性の合格者が出ました。

 各メーカーの工場長クラスの技術者を中心とする技能士会が産地内にあり、こちらと組合が協力して、取得希望者のバックアップをしています。企業の枠を越え、統一された技術を共有することが産地全体の技術的な底上げにつながっています。

 18年には“整経”の社内検定を開始する計画で、こちらも1級と2級を設けます。

 整経は今後のタオルの差別化でも重要な工程と位置付けており、製織、整経ともに長期的な人財育成事業として取り組みます。

 今治タオル産地に限らず、人手不足の短期的な解消は難しいと考えています。他産地や異業種とも人材確保、育成の情報共有を進めるほか、今治タオル産地の情報を継続して発信することで、都市部を中心に、外部から人を呼べるようにしたいと考えています。(談)

〈染色加工業/付加価値向上へ挑む〉

 染色加工工程が“ボトルネック”となり、今治タオル産地内の納期が長期化しているとの業界内からの指摘が2016年ごろから続いてきた。17年後半にかけ状況に少しずつ変化が表れている。

《“ボトルネック”解消の期待高まる》

 越智源の越智裕社長は17年の受注環境について「高い稼働率を維持し、順調だった」と振り返る。同社以外の染色加工場でも、月ごとの若干の変動を指摘する声もあったが、おおむね年間を通じて高い稼働率を維持できたようだ。

 ここ数年、タオルメーカー側で高速織機の設備投資が続き、織布スピードが大きく向上した。それに対し、染色加工場でも染色設備の高効率化のほか、乾燥機の更新などの動きが進んだ。藤高の藤高亮専務がグループ会社の同心染工について、「生産管理ソフトウエアを一新したほか、サンプル・小ロット対応用の小釜も2年で6基新規導入した」と話すように、企業単位での増強は続いたものの産地全体の最適化には至らなかった。

 排水処理の面から、これ以上のキャパシティー増強が難しいという根本的な問題に加え、産地内の染色加工場では、産地内のタオル生産量が減少に転じた場合や製品企画のトレンド変化を見越し、大規模な設備投資に慎重な姿勢を見せていたことも大きな要因と言える。

 17年に入り、生産量の減少に加え、実際に糸染めのサンプル生産が増加するなど、「先晒し」タオルへの打ち出しが目立つ。

 先晒しタオルは、今治タオル産地が主力としてきたタオルで、染色加工場の対応キャパシティーにも比較的余裕があるとされる。“白いタオル”との生産バランスがとれることで、産地でのタオル生産の全体最適が進むことが期待されている。

《「水」整える設備投資》

 愛媛県繊維染色工業組合は、16年12月に東京・南青山で今治タオル産地の染色技術を紹介する「イマバリ カラー ショー」を開き、染色加工業の存在を一般消費者にアピールした。

 染色加工業単体での情報発信に加え、産地内の染色加工業は加工品質を高め、付加価値のより高い今治タオルの供給に注力する方針を示す。

 越智源の越智裕社長は「求められる『色の精度』を高めるための投資を行う。求められるスペックをきちんと出していく」と語る。西染工の山本敏明社長も「基本となる『水』を整える設備投資を進めている。さらに安定した品質で提供できる」と話すなど、“色”での付加価値向上を目指した体制作りが進む。

〈素材メーカー編/素材の差別化 鮮明に〉

 素材メーカーが産地への差別化素材の提案を強めている。綿花の産地にこだわったり、特殊な紡績技術で従来とは異なる風合いを提案したりと新たなトレンドを生み出そうとする動きが見られる。

《糸の別注対応強める/クラボウ》

 クラボウはタオルメーカーのニーズに合わせた別注糸の販売に力を入れる。

 香川県丸亀市にある紡績工場を生かし個々のメーカーの要望に応じた糸を提案する。繊維素材部原糸課の営業担当と丸亀工場の技術者が月に数回、産地企業を訪問し直接要望を聞くことで開発の精度を高める。

 糸を顧客ごとにカスタマイズできるようにし多様な要望に応じる。主にテキサス綿を使用したタオル専用糸「テキサスホワイト」は2014年の発売で、これまで20番手を備蓄販売してきたが、昨年4月から顧客ごとの別注で生産するようにした。番手や撚り係数の異なる糸を顧客の要望に応じて受注生産する。

 これまで顧客の声からさまざまな糸が生まれた。中空糸「スピンエアー」、無撚糸「ツイストフリー」などがあり、“ふっくら”“ソフトな風合い”といったトレンドの広がりとともに毎年底堅い需要が続く。こうした産地での差別化糸の販売強化の背景には、今治市にあるタオルメーカー間の競争が激しさを増していることがある。“今治タオル”ブランドが全国的な知名度となった今、産地企業間の差別化競争は過熱しており、より違いを生みだす素材の需要が高まっている。

《五輪に向けギリシャ綿糸/シキボウ》

 シキボウは、タオル産地に向けて、富山工場で作った高付加価値糸のアピールを強める。そのうちの一つがギリシャ産長綿を使った綿糸「オリンピアコットン」だ。

 ネーミングはオリンピック発祥の地であるギリシャの都市、オリンピアに因んだ。20年の東京五輪に向けた関連商材の需要拡大を見込んで開発した。発売当初はギリシャ綿と弾力性の高い綿から成る特殊4層構造糸として打ち出した。

 糸の構造はアスリートの筋肉のように強靭でありながら、タオルに必要な柔らかさとコシを兼ね備える。昨年からはギリシャ綿を原料とする糸をオリンピアコットンとして販売拡大を狙う。

 もう一つ、着実に販売を拡げているタオル用糸として「ドラゴンツイスト」がある。空気旋回流による特殊紡績糸で、抗ピリング性に優れるほか高い洗濯耐久性、ボリューム感、弾力性を併せ持つ。タオルにすると、しっかりした拭き心地で吸水性も高いという。タオル用に綿80%・リネン20%混の30単コーマ糸も備蓄販売を始めた。

 ふっくらした柔らかさを重視するこれまでのタオルのトレンドとは異なる風合いだが、リネン混という新鮮さでタオルの差別化に貢献している。

《「金魚」シリーズが充実/東洋紡STC》

 東洋紡STCは、売れ筋のタオル専用糸「金魚」シリーズを充実させることで、今治タオル産地への糸の販売量を増やす。

 現在、オーガニック原綿100%の新商材を開発中。有機綿の認証機関であるコントロールユニオンの認証を取得し、今年春から提案を始める。

 背景には有機栽培の綿を使ったタオルの需要拡大がある。消費者の環境保全への意識が高まりつつあることや人体に安全・安心といったオーガニックのイメージが浸透したことも需要増に追い風となっている。

 金魚は東洋紡の綿糸ブランド。原料にはシャツやインナーで使われる原綿を使う。糸を構成する繊維の本数が多いため、タオルにすると洗濯しても痩せにくく、ふっくらとした柔らかな風合いが長続きする。

 同シリーズには綿100%の定番糸「金魚」、アクリル10%混で銀イオン由来の消臭機能を持たせた「金魚AG」の二つがある。富山事業所で製造する。今はタオル専用糸としているが今後、衣料での展開も模索する。

 今年は金魚ブランドの誕生100周年。1986年、輸入糸の増加を背景に今治工場が操業停止となり一度はなくなった。2014年3月、“今治タオル”ブランドの知名度が高まったことでタオル専用の糸として再び販売されるようになった。