特集 アジアの繊維産業Ⅰ(3)/対談 アジアでのサステイナブルなモノ作り/業界を挙げた取り組みに/何をすべきかを定め、理解を求める

2019年03月28日 (木曜日)

帝人フロンティア 環境安全・品質保証部長 岡本 真人 氏×日鉄住金物産 繊維品質安全 推進部長 室井 優 氏

 欧州を中心にサステイナビリティー(持続可能性)への関心が高まっている。世界的に事業を展開する製造小売業者などは既に、製造を委託する工場の人権への配慮を始めた。こうした動きが加速する中、アジアの協力工場をOEM/ODMで活用する商社は、事態にどう対応しているのか。担当者に現状を語ってもらった。

〈「何から始めたら」〉

  ――国内アパレルのサステイナビリティーへの取り組み状況は。

 岡本氏(以下、敬称略) 消費者の目線で言いますと、今はお客さまが身近に感じるリサイクルに重きを置かれているという印象です。店内に古着を回収するボックスを設置しているショップを見掛けますが、取り掛かりやすいことから始められているのでしょう。

 室井氏(同) 近年は外国人技能実習生の受け入れが取り沙汰されていますが、こういった問題に一つ一つ丁寧に向き合っていると感じます。ただし、経営者から現場のスタッフまで、皆さんが「もっと何かをしなければいけない」と感じながらも、何から始めていいのか分からない、というのが正直なところではないでしょうか。

  ――世界のファッション業界で、サステイナビリティーへの意識が高い分野は。

 岡本 有名ブランドに対しては、環境関連のNGOなどが常に監視の目を光らせ、社会も厳しい視線を向けています。そこで、生産の上流まで管理できていない事実が露呈すると、「最終的な商品を出す企業の責任だ」とたたかれてしまう。2000年代初頭から、そういった状況が表れ始めたように思います。

 特に、サステイナビリティーに対して厳しいのはスポーツブランドでしょう。自ら基準を設け、それに合致しない相手とは取引しない姿勢をはっきりと打ち出しています。

 室井 確かに、スポーツメーカーさんは非常に厳しい。オリンピックやワールドカップなどの世界的なスポーツイベントがあるたびに、NGOなどから指摘を受けることも背景にあるのでしょう。

  ――SDGs(持続可能な開発目標)も大きな契機になりましたか。

 岡本 繊維業界で外国人技能実習生の問題が言われるようになったのも、時期的に符合しています。国が本腰を入れてチェックしますので、業界団体も労働者問題への対応に迫られています。

  ――SDGsは範囲が広いので、全てに対応するのは負担が大き過ぎませんか。

 室井 会社として意識することは大事ですが、全てに対応するのは無理があります。各企業が実務に即して選んだ項目に対応していくのがベストでしょう。

 岡本 SDGsの設定項目を参考に私たちは何をやるべきかを見極め、作り上げた作業マップにSDGsをひも付けていく。こういう方法で対応しています。

 室井 SDGsについてのセミナーが増えています。私も2年前に参加しました。全く知識がない状態でしたが、ある事例について議論を交わすなど濃密な内容で、大変勉強になりました。食品、建設、コンサルタントと多様な業種から集まった人たちと交流を持てたのも、大きな収穫でした。セミナーでの学びを部署に落とし込み、1年後には部署の全員がSDGsを理解するまでになりました。

〈CSR調達推進〉

  ――商社としての具体的な取り組みは。

 岡本 2012年から「CSR調達」活動を推進しています。16年には、サステイナビリティーに反する問題を発生させないため、調達先への要求事項を明確に定め、それらを「CSR調達基準書」としてまとめました。解説書のような冊子にして、それを活動の指針としました。

 基準書を作成するまでにもさまざまな活動はしていましたが、動きながら方針を固めました。基準書は日本語、中国語、英語版を用意し、千社を超える調達先に配布しました。ちなみに、基準書の内容は「労働・人権」と「環境」に特化しています。

  ――海外でも。

 岡本 14年から、ベトナム、中国、ミャンマーで研修会を開いた。その際に、調達先だけでなく、同業の商社にも参加を呼び掛けました。なぜなら、縦の関係だけでは限界があり、横のつながりも生かして仲間を増やしていかないと始まらないからです。「社会全体で取り組む」ぐらいの意識が必要です。

 研修会の開催後にアンケートを実施し、問題点が浮かび上がった会社は、実際に足を運んでフォローする。その結果を踏まえ、次のアクションを起こす。こうしたPDCAサイクルを回しています。サステイナブルを守るためには、自社だけでは限界があります。

 室井 その研修会には、当社からも私や中国、ベトナムの現地スタッフが参加しました。1社での取り組みには限界があるというのは同感です。

 当社も、5年ほど前からCSR調達を要望される取引先が増えてきました。その中で、パートナー工場の監査にまつわるトラブルも散見される。事態改善のため、当社が実施しているのが独自のマニュアルに基づく「事前監査」です。パートナー工場がお客さまの監査をスムーズにパスできるように、事前に私たちが監査に入って問題点を抽出します。

 現時点では、対象となる約200のパートナー工場のうち3分の2ほどが完了しています。当社の事前監査マニュアルも、帝人フロンティアさんのCSR調達基準書と同様に、労働・人権と環境に関わる項目を中心に構成しています。宿舎や食堂の整備、避難経路の確保といった防災対策までチェックします。

〈パートナーとして改善〉

  ――安全や衛生は最も大事です。

 室井 こうした取り組みは、商社としては比較的早いと思います。マニュアルについては、現地の法改正に合わせ、毎年改訂しています。ただ、誤解しないでいただきたいのは、工場に対し優劣をつけるのが目的ではないということ。パートナーの関係を継続していくための改善が目的です。CSR調達という言葉自体を全くご存じない工場のオーナーさんにも、地道に理解を求めていきます。

 岡本 こちらは監査の専門家ではないわけですから、むしろ変に構えられたりせずに「普通の対話」ができる利点がありますよね。室井さんがおっしゃるように、パートナーであり続けるための事前監査ですから、当社も「何でも隠さずに悩みごとを打ち明けてください。協力しますから」と伝えるようにしています。

 室井 日本向け製品を扱う工場は、危険物管理や品質管理に関しては既に高いレベルにあると認識しています。ただ、CSRに取り組むのはこれからというオーナーさんが多いのが実情です。

  ――独自の取り組みはありますか。

 室井 18年4月に社内でサステイナビリティータスクフォースのチームを立ち上げました。その下に素材・企画・工場・ロジスティックス・リサイクルの五つのワーキンググループ(WG)を設け、サステイナビリティーに事業部横断で取り組んでいます。「商社として何ができるのだろう」と議論した中で、サプライチェーンの見える化を目指す方針が固まった。

 それを宣言する場にしたのが、昨年11月の「19秋冬総合展」でした。会場の入り口正面に、衣料が箱からあふれた展示物を設置し、モノ余りを表現しました。そのほか、自社工場の活動内容を報告したり、二酸化炭素を削減する手法をアパレルさんに提案しました。「グッドマテリアルズ」など「グッド」をキーワードにして五つのアイコンも設定し、各WGが課題ごとに展示をしました。

  ――反応は。

 室井 来場されたアパレルさん、小売りさんには興味を持っていただいた。「何をやったらいいのか」という状態にあることが改めて分かったのも収穫でした。社内にインパクトを与えることができたのも成果ですが、WGが具体的に何に取り組むのかが今後の一番の課題です。

 岡本 そのように体系立てると活動はより広がりをみせるでしょう。

 室井 実際、現場のデザイナーから「こういうことができないか」と意見が上がるようになってきました。現場の人たちには、サステイナビリティーに関してもさまざまな要望があるらしく、それについての悩みを吸い上げるようなシステムも作りたい。

〈全社的意識付けを〉

  ――2社ともSAC(サステイナブル・アパレル連合)に加盟しています。

 岡本 SACが使用している監査のツールには、労働・人権と環境に分かれたチェック項目があります。基本的な考え方を理解するには、いい教材です。サプライヤーにとっては非常に厳しい内容になっていて、毎年更新するため継続的にモニタリングもされている。SACの監査の内容を会員が共有できるのもメリットです。意識が高い企業が集まっているからこそ、できることが多い。

 室井 タスクフォースを立ち上げる際に、さまざまなサステ関連の団体を調べたら、SACの存在が浮かび上がってきました。帝人フロンティアさんを含め既に加盟されている企業に、事業内容を聞きに行ったりもしました。昨年5月にはSACの総会に私もオブザーバーとして参加し、会社に加盟を進言しました。国内でどんなにアンテナを高くしても、得られる情報は限られています。

 一方、SACを通じて得られる情報の量と質の高さは驚くほどでした。総会の場では、加盟企業と個別に会話できる機会もあり、人脈を広げられるのも大きな魅力です。欧米のサステイナブルに関する規定は、必ず数年後に日本でも適用が迫られます。そういった動きをいち早くキャッチし、戦略を立てることもできます。

  ――サステイナブルな取り組みを広げるための課題は。

 岡本 まだ社内への浸透も十分ではなく、一部では「CSR担当の業務」という捉え方もされています。まずは全社的な意識付けをしなければなりません。あとは繰り返しになりますが、業界を挙げて取り組む機運を高めるため、横のつながりを広げる必要があります。CSR調達についても、直接管理できる相手だけでなく、その先にまでさかのぼって浸透させるように努めていきます。

 室井 目先のメリットを追うのではなく、中長期的な視野に立てば、企業はサステイナブルを意識せざるを得ないのではないでしょうか。例えば、労働環境の向上は離職率低下につながり、生産効率が上がります。結果的に、働きやすさは雇う側と雇われる側の双方に大きなメリットをもたらします。

  ――日本のファッション業界にサステイナビリティーは根付きますか。

 岡本 民間企業の努力だけでなく、政府も積極的に関わるべきだと思います。環境に優しくない商品は値段を高くするような仕組みを作るなど、フェアトレード商品を優遇する動きがあってもいい。

 室井 ミレニアム世代を中心に消費者の志向が変わってきていると肌で感じます。多少高価でも環境負荷が少ない商品を選ぶという傾向が生まれているようです。さらに消費者の意識を高められるような商品展開ができれば、と考えています。