2019年春季総合特集Ⅰ(9)/トップインタビュー 帝人フロンティア/デジタルを制すること/代表取締役社長執行役員 日光 信二 氏/激動の時代乗り越え成長

2019年04月22日 (月曜日)

 「激動の10年間を迎える」――帝人フロンティアの日光信二代表取締役社長執行役員は、繊維産業の今後をそのように占う。産業資材と衣料の両分野で数字を伸ばしてきた同社だが、事業を取り巻く環境が不透明感を増す中で、2019年度は、産業資材で成長への足場固めに重点を置くほか、昨年に買収した独・ジーグラー社とのシナジーを追求。衣料分野については「デジタルを制する者がビジネスを制する」と強調し、その対応を図る。激動の時代を乗り越える策を積極的に打ち、次の飛躍につなげる。

  ――平成を振り返ると、どのような30年間でしたか。

 バブルとリーマン・ショックという二つの大きなエポックがありました。まずバブル経済ですが、すごく高揚感があったことを思い出します。日本全体が熱を帯び、私自身も「ダイナミックな仕事ができる」と感じていました。結局バブルは崩壊してしまいますが、いろいろな人に、ビジネスチャンスを与えてくれた時代だったのではないでしょうか。

 バブル崩壊で大きな打撃を受けた日本経済でしたが、少しずつではありながらも着実な回復を見せます。2000年代初頭には国内の経済や企業に活力が戻り、帝人グループも底堅い動きを見せていました。そうした状況で起こったのが、米国の投資銀行の経営破綻に端を発するリーマン・ショックです。バブル崩壊と同じようなことが繰り返されました。この間に繊維業界も大きく変貌します。

 グローバル化の定着による新興国の台頭が典型例で、その象徴とも言えるのが中国です。80年代は、年2回開催される「中国輸出入商品交易会(広州交易会)」に目が向けられる程度で、90年代もそれほど注目はされていませんでしたが、2000年代のグローバリゼーションで一気に存在感が増しました。10年代に入り、東南アジアへのシフトが加速します。一方で日本の生産場は疲弊が続くことになりました。

  ――こうした状況は日本の企業にどのような影響を与えたのですか。

 生産場の海外シフトという大きな波にさらわれた日本のメーカーですが、独自の強みと機能、そして競争力を持つ企業は生き残りました。言い換えれば、世界に通用する企業とそうでない企業がふるいにかけられました。帝人グループはかなり早い時期からタイやインドネシアに進出していましたが、日本にあった工場は徐々に厳しくなり、供給ソースの多様化を進めていきます。

 供給ソースの幅が広がったのはやはり2000年代からです。80年代や90年代は帝人の強みを生かせていました。繊維、特に衣料繊維縮小という苦しさを経験したからこそ進化し、新しいステージに立てたのだと考えています。さまざまな種をまいてきましたが、それらの種の中の幾つかが芽吹き、柱になっている事業も出てきました。

  ――新時代が始まります。繊維産業は変化しますか。

 答えはないと思いますが、「モノ」から「コト」へのシフトがより進んでいくのではないかと予想しています。自動車がコネクテッドやシェアをキーワードに変化を見せ、大手自動車メーカーも「移動の中に楽しみを見いだせないと利益はない」と危機感を強めています。衣料品の需要も変化し、どれだけ売れるのか心配ではあります。30年までは激動の10年間になるのではないでしょうか。

 情報化社会の進展で消費者の衣料品に対する造詣はどんどん深くなり、われわれが作っているような機能テキスタイルが持っている実力をもっと知ってもらうことができると考えています。大量生産型からマスカスタマイゼーションへの変化も加速することでしょう。売り場がリアルからバーチャルへ変容する中で、デジタルを制する者が衣料ビジネスを制すると言え、その対応が課題になります。

  ――時代の変わり目とも言える19年3月期の着地は。

 衣料と産業資材の両分野でさまざまな取り組みを進め、着実に成長していると言えます。帝人グループの組織再編による寄与もあるのですが、18年3月期に帝人フロンティアグループの売上高が3千億円を超え、19年3月期はさらに10%弱の増収を確保できる見通しです。売り上げ規模の拡大は良いことなのですが、それに利益が追い付いていないのが大きな課題です。成長している分野がある一方で、足元が軟弱なままの分野があり、19年度はしっかりと地固めを行います。

  ――その19年度の事業環境はどのようにみていますか。

 自動車に焦点を当てると、欧州は英国による欧州連合(EU)離脱問題などから、作り場としても、景気も、空気感も良くありません。中国は全体として一時ほどの勢いは感じられません。米国との通商問題が消費者心理に悪影響を及ぼし、自動車市場も衣料品市場も盛り上がりを欠きます。欧州と中国の動向とは一転し、米国だけは景気が底堅さを示しています。

 当社は、タイヤコードをタイで作り、エアバック基布を中国で生産し、カーシートは日本と中国、タイに拠点を持っています。ただ、自動車の先行きが不透明で投資がしにくいのが実情であり、そのような観点からも19年度は足元を固める年になります。昨年に買収した、独・ジーグラー社とのシナジーの発揮も狙います。

 衣料分野は強みであるスポーツを中心に攻めていきますが、価格の二極化が鮮明になっていることが気掛かりです。衣料品に力を入れるホームセンターなどが増え、機能商品の販売も充実しています。「機能」という切り口では無視のできない領域になります。グループの一員となった帝人フロンティアDGはなくてはならない武器であり、しっかりと補強していきます。

〈平成の思い出/厳しかった米・ニューヨーク〉

 「2008年に赴任し、リーマン・ショックに見舞われた米国を目の当たりにした」と話す日光さん。当時はニューヨークにいて、いろいろな意味で厳しさを見たと振り返る。街角にあふれる失業者の姿がその一つだが、立てた予算もそうだった。「リーマン・ショックの影響がまだはっきりしていなかった10月に、かなりイケイケの予算を組んだ。会社の承認ももらったが、年が明けると世界経済が一変し、がく然とした」と言う。予算は達成できたのかと尋ねると、「厳しいことを聞くね」と笑った。

〔略歴〕

にっこう・しんじ 1979年帝人商事入社。13年6月帝人フロンティア常務産業資材部門長兼工繊・車輌資材本部長、14年6月専務衣料繊維第二部門長、17年4月帝人グループ常務執行役員繊維・製品事業グループ長兼帝人フロンティア代表取締役社長などを経て、18年4月帝人フロンティア代表取締役社長執行役員。