2019年秋季総合特集Ⅱ(5)/トップインタビュー 旭化成/未知なる力を持つ日本/常務執行役員兼パフォーマンス プロダクツ事業本部長 工藤 幸四郎 氏/強い分野にリソース集中

2019年10月29日 (火曜日)

 「未知なる力」――旭化成の工藤幸四郎常務執行役員兼パフォーマンスプロダクツ(PP)事業本部長は、日本産業が持つ潜在力をそのように例える。未知の力を発揮できる分野はまだまだあり、その開拓・参入によって成長は可能と見る。繊維の潜在力を顕在化させるには「新たな研究開発によるモノとアイデアの提供」「サプライチェーンの強化」の二つが必要と説く。今後、PP事業本部はポートフォリオの変革に取り組み、強い分野にリソースを集中。特に自動車関連に重きを置く。

  ――日本の産業の潜在力はどこにありますか。

 潜在力を言い換えると「未知」です。繊維で説明すると、用途は基本的には衣料品が中心でしたが、今は幅広い分野で使われています。これによって繊維製造に携わる人間でもどのような用途で用いられているのか把握できていないケースが出てきました。こちらの狙い通りではなく、偶然採用される場合もあります。なくす努力をしていますが、まだまだ偶然があります。それだけ未知、潜在力が残っているのではないでしょうか。

 衣料用途の歴史が長かったことを考えると、非衣料に多くの未知があると言えます。例えば旭化成グループは「プラノバ」というウイルス除去フィルターを展開しています。これは元々繊維の技術から生まれた製品ですが、メディカルに発展していきました。ポリウレタン弾性繊維の需要が大きく伸びたのも紙おむつという用途があったからです。未知が成長に変わるものはまだまだあります。

 繊維は産業として古く、さまざまな形のサプライチェーンが存在します。北陸や山梨など多くの産地が残り、各産地の企業は世界に通用する技術力を誇っています。そうした企業の下支え力、総合力を日本の繊維産業は持っています。それも大きな潜在力であると考えています。その力をいかにうまく活用していくのかが、われわれ化学メーカーにとって大きな使命であり、産地の使命でもあります。

  ――潜在的な力をどのようにして顕在化していけばいいのでしょうか。

 繊維に限らず、プラスチックや合成ゴムも同じなのですが、ビジネスにおいて大きく苦労するのは顧客がブラックボックスを持っていることです。それがある限り、素材がどのように使いこなされているのかを知ることができません。これを打破するには新しい研究開発ができ、モノはもちろん、アイデアを提供することが不可欠です。これによって共同研究という形が生まれてきます。

 もう一つはサプライチェーンの強化です。SPAや日用品メーカーなど、消費者に近い場所にいる企業と商売や交渉をしていますが、彼らのニーズを捉えられたとしても、サプライチェーンが強くなければその具現化は難しい。サプライチェーンの強化を可能にするのは人材です。ただ、顧客に対する圧倒的なサービスを提供するには、グローバルに活躍できる人材を育てる必要があります。これらが繊維産業の潜在力を発揮させるための方策と思います。

  ――話は変わりますが、現在の世界経済への認識は。

 米中貿易摩擦の激化、中東の動き、日本と韓国の関係、英国の欧州連合(EU)離脱といった多くの問題があります。これまでは解決の努力をしようとする誰かがいましたが、今は世界のリーダーの中に解決へ導こうとする人がいません。先が見えない、何が待ち構えているのか分からない状況です。景気は今ではなく、これから先の指標です。そう考えるとものすごく息苦しい気がしています。

 一番の懸念材料は米国と中国の通商問題です。中国経済の動向がインパクトを持っているからです。われわれの推測ですが、自動車生産台数は、中国以外は1桁%の減少ですが、中国だけは14~15%減となっています。2千万台を超える市場である中国の落ち込みは大きい。ですが、必ず上向くタイミングが訪れます。それを見極め、乗り遅れないための準備を行っています。

  ――2019年度(20年3月期)は中期経営計画の初年度です。

 前中計の着地である18年度は全社ベースで最高の利益を計上し、売上高は2兆円を超えました。繊維も、今のPP事業本部として見ても良い成績を残しました。前中計のさらなるブラッシュアップが現中計であり、19年度は18年度よりも成長するという絵を描いていました。しかしながら足元の環境は想定以上に悪く、現中計の初年度の目標の到達は厳しくなりつつあります。

 ただし中計は3カ年ですし、最終年度に掲げた数字をキャッチアップすることが最大の目標です。さらに25年度に向けてやらなければならないことについてはぶれずにしっかりとやり遂げていきます。経済環境に負けないように頑張るのは前提として、市況が持ち直した時のための準備を整え、例えば経済指標が5%上がった時は、われわれは10%ぐらい上がるぐらいの気持ちで臨んでいます。

  ――下半期から来年度にかけての戦略と課題は。

 PP事業本部全体の話になりますが、ポートフォリオの変革が大きな方針です。優秀な人材も多く、キャッシュフローを含めて、リソースは優れたレベルにあります。そのリソースをどのように配分するかが要です。自分たちの強い分野、世の中のためになっている分野にもっとスピード感を持って再配分をしないといけません。

 特に自動車関連に重点を置きたいと思っています。繊維では「ラムース」であり、ナイロン66繊維「レオナ」が中心です。

 ラムースは設備増強を決めました。21年度には稼働開始予定ですが、さらなる増強も視野に入ります。新拠点は米国か欧州が候補となり、現中計中に決定し、23年度稼働のイメージです。レオナは増設やサプライチェーン充実など、どこに資金を投入するか、その時々で判断します。

〈私のリフレッシュ法/お気に入りのチェアで見る夢〉

 今年4月から初めての単身赴任を経験中の工藤さん。たまに休みが取れると東京の街を散策してリフレッシュする。ただ「一人でいると身も心も疲れる」ことがあり、月に2度ほど奈良の自宅に戻った時には、お気に入りのチェアでくつろぐのをすごく楽しみにしている。風呂に入り、テレビを見ながら晩酌をしているといつのまにか眠ってしまう。ふと気が付くと奥さんが毛布を掛けてくれている……。「残念ながらそのような経験はない」らしく、「心の中では毛布をかけてほしい」と思っているとか。

〔略歴〕

 くどう・こうしろう 1982年旭化成工業(現・旭化成入社)。2013年旭化成せんい執行役員兼企画管理部長、16年旭化成・上席執行役員兼繊維事業本部企画管理部長、17年上席執行役員兼繊維事業本部長兼大阪支社長などを経て、19年4月から常務執行役員兼パフォーマンスプロダクツ事業本部長。