2019年秋季総合特集Ⅱ(9)/トップインタビュー 帝人/蓄積した膨大なデータが強み/帝人グループ常務執行役員兼マテリアル事業グループ長 小山 俊也 氏/乗り遅れぬよう勝負を

2019年10月29日 (火曜日)

 「先人が築き上げた財産を生かす時がきた」――帝人の小山俊也帝人グループ常務執行役員兼マテリアル事業グループ長は、トライアンドエラーや試行錯誤を繰り返して蓄積してきた膨大なデータが日本産業の潜在的な強みであり、このデータを最新のITで解析・分析することによって開発などにかかる時間が大きく短縮できると話す。化学メーカーの必須の機能として求められ、乗り遅れると危機を迎える可能性もあると指摘。「これからの数年間が勝負の時になる」と強調する。

  ――日本の産業が持つ潜在力や強みは。

 日本と他国との大きな違いは裾野の広さではないでしょうか。帝人グループの繊維や化成品などもその恩恵を受けていると思っています。繊維には表面加工などでさまざまな薬剤や化学品を使いますが、それらを販売する企業は多く、より取り見取りで組み合わせられます。そのような意味では、裾野の広さは付加価値の源泉になります。特に化学分野においては日本の大きな強みだと思います。

 それだけではなく、擦り合わせ技術があります。最近では批判されることも多いのですが、この技術がなければ何もできないと感じています。日本メーカーの開発品に生かされているのが擦り合わせの技術であり、これからも残していかなければならない能力です。裾野の広さを生かし、擦り合わせ技術を保ち続けることが重要なのではないでしょうか。

  ――擦り合わせはどこから生まれるのですか。

 顧客を大切にする日本人の精神が根底にはあると思います。顧客の「こういった物を作りたい」という要望に対して、日本の技術者は好奇心もあるのでしょうが、さまざまなことを試します。自分一人だけではなく、エンジニアなど仲間と一緒に動こうという考えも昔から持っています。顧客に対するロイヤルティーと技術者特有の好奇心が組み合わさり、擦り合わせ技術が誕生します。文化の一つかもしれません。

 帝人グループも同じですが、うちの技術者は真面目なので、100点を求め過ぎることがあります。顧客が欲しいと思う時に物がなければ意味がないと言えます。顧客との擦り合わせも必要であることを考えればスピード感も忘れてはいけません。マテリアル事業グループ長としての最初のメッセージは「開発は60点でいいけれど、生産と営業は100点」です。必要な物を必要な時に必要なだけ納めることが重要になるからです。

  ――それらの日本の強みを顕在化するには。

 日本では、ある製品を開発するのに千回もトライアンドエラーを繰り返すという話があります。もちろん過去の話なのですが、逆の言い方をすると、それだけさまざまなデータがそろっています。このデータベースをマテリアルズ・インフォマティクスと呼ばれる最新のITを用いて解析することによって、開発にかかる時間をものすごく短縮できます。

 データベースはわれわれの先輩たちの手によって築き上げられたものであり、その財産にITが追い付いてきた感じがします。開発の時間が縮まれば、その分だけ早く顧客にソリューションが届けられます。化学メーカーにとっては必須の機能と言え、乗り遅れると大きな危機を迎える可能性があります。これからの数年間が勝負になると予想しています。

 インダストリー4・0があります。製造業におけるオートメーション化やデータ化を志向するものですが、このインダストリー4・0とマテリアルズ・インフォマティクスを組み合わせることで道具(機械)とレシピの融合が完成します。繊維では難しい部分もありますが、例えば「アラミド繊維に、ある表面処理を施すと、このような使い方、売り方ができる」という提案をすれば顧客にとって革新になるかもしれません。

  ――訪れる可能性がある危機とは。

 日本の産業全体が駄目になるということではありません。膨大なバックデータを持っており、その生かし方によって企業に優劣が生まれるという意味です。先にシステムやルールを作ることも大事です。フィルムでもそうですが、やはり一番手に情報が集まります。情報量に差がつくと、破壊的なイノベーションでもない限り、逆転は難しい。他社に先駆けることが企業の生き残る糧になります。データを持っていても活用できなければ意味はないのですから。

 繰り返しになりますが、裾野が広いのが日本です。さまざまなデータを保有しているのですから、特に発展途上国にはない利点です。設備を導入すればある程度の“モノ”は生産できますが、スペシャルティーに関しては絶対に日本の方が優位です。一方でアッセンブリーに弱い点もあるのですが、データは宝の山と言え、やはりここを生かしていくべきです。

  ――2020年3月期も折り返し点を過ぎました。現在の経済環境は。

 最もわれわれと関係が深いのは自動車です。昨年の夏ぐらいから弱含み、19年に入ってからも上向いた感じはありません。少し長引くのではないかという気がしています。不景気も未来永劫続くとは思いませんが、回復基調の気配は見えません。とはいえ、リーマンショックやITバブル崩壊時も2年ぐらいで立ち直りを見せました。20年の後半ぐらいから少しずつ明るい兆しが出てくることに期待しています。

 上半期の業績は、アラミド繊維はパラ系とメタ系ともに順調に推移しています。パラ系は自動車関連や第5世代移動通信システム(5G)がけん引しました。メタ系はプロテクトアパレル用途をさらに攻めます。次の中期計画に向けてはマテリアル事業グループ全体として営業力を一層強化します。一体となっていたマーケティングとセールスを分け、リードを広げたいと考えています。

〈私のリフレッシュ法/実用的な数学の定理〉

 小山さんは「土曜日と日曜日は、仕事とは関係のないことで勉強している。それがリフレッシュ法」と話す。理系出身ということもあり、数学の問題を解くともやもやが消えていくと言う。「数学には絶対に答えがあり、奇麗に解けると実に感動的」で、確率統計や微分積分など、大学の時の教科書を引っ張り出して復習している。最近は実用的な数学にも目を向けているとし、ゴルフのスイングについても計算している。「ただ、ダフってばかり。ダフらない定理を解き明かすことができれば」と話した。

〔略歴〕

 こやま・としや 1986年帝人入社。2000年フイルム開発センター宇都宮開発室長、08年新機能材料事業開発部長兼電子材料開発室長、15年帝人グループ執行役員新事業推進本部電池部材事業推進班長などを経て、17年4月から帝人グループ常務執行役員兼マテリアル事業グループ長。