2019年秋季総合特集Ⅲ(8)/トップインタビュー 帝人フロンティア/一歩先行く技術や応用力/代表取締役社長執行役員 日光 信二 氏/デジタルマーケティングで共感を

2019年10月30日 (水曜日)

 「マーケティング力を磨くこと」――帝人フロンティアの日光信二社長はその重要性を説いた。日本の繊維産業が持っている潜在力である技術開発や応用化学をさらに生かすためには、マーケティングやアピールが不可欠な要素と強調する。“共感できるものに対しては対価を惜しまない時代”に突入し、消費者に訴える力が求められるようになった。環境対応や安心・安全・防災ソリューションなどに目を向ける同社は、デジタルマーケティングなどの手法でその考え方や姿勢を伝える。

  ――日本の繊維産業が持っている潜在力とは。

 日本がどのような国であるのか、そこから考える必要があります。そうすると「技術立国」という言葉が浮かびます。資源を持っていない日本という国で繊維産業が生きていくには技術力や開発力が不可欠です。実際に半歩先、一歩先を進んでいるものを生み出すことで生き残ってきました。その意味では基礎的技術や加工技術、応用化学によって世界で存在感を見せることができています。

 繊維産業を見ると、中国が圧倒的なシェアを誇り、コスト競争力を高めるために政府も積極的な支援を行っています。その中国ですら繊維企業の選別が始まっています。理由はコストしかないからです。模倣する技術は高いのですが、中国発の新技術が少ないためです。ただ資金力は豊富であり、他企業や他国の技術を購入し、自分たちの力にすることができます。

  ――技術が買える時代と言えますね。

 資金力に勝てるのは加工技術であり、応用化学なのですが、それがどれだけ磨けるかになります。世の中にない、かつ社会に役立つものが何かを頭に置いておかねばなりません。言い方を換えると、潜在ニーズが何であるかを常に考え、どのようにして顕在化させるかではないでしょうか。それには「現場」に行かなければなりません。現場にはヒントがあり、そのヒントに気付くことで新たな技術や商品が生まれてきます。

 帝人グループはこれまでポリトリメチレン・テレフタレート(PTT)繊維「ソロテックス」やまとう化粧品「ラフィナン」などを商品化してきたという実績があります。今は技術を、費用がかかっても未来に向かって開発をやり抜く長期、中期、短期に分類しています。長期に関しては言えば、「次の時代にあったらいいな」というものを、ポリマーを含めて開発している段階にあります。

  ――技術力という強みをどのようにして顕在化させればいいのですか。

 1995年にペットボトルリサイクル繊維「エコペット」を世に出しました。一部の人は認めてくれたのですが、コストの問題もあって浸透しませんでした。ほとんどの人が再生ポリエステル繊維の存在自体を知らなかったかもしれません。地球環境保全やエコロジーに対する意識が今ほど高くなかったのは事実ですが、マーケティングのやり方がうまくなかったとも言えます。

 技術立国である日本に足りていないのはマーケティング力ではないでしょうか。謙譲の精神なのかもしれませんが、他人を押しのけてまで自分が前に出ない。アピールの仕方がまだまだ未熟です。共感によって商品が売れる時代になっており、マーケティング力やアピール力は不可欠な要素です。帝人フロンティアはデジタルマーケティングに力を入れていますが、ランディングページに流入してくる件数はかなり増え、成果は少しずつ出てきました。

  ――2020年3月期も中間点となりますが、現在の経済環境をどうみていますか。

 楽観できる状況にはありません。米国と中国の通商問題の悪化がボディーブローのように徐々に効いてきました。中国の経済は減速し、自動車の販売が勢いをなくしています。その中国では電気自動車(EV)化が加速していますが、それによってガソリン車を製造する企業が一気に淘汰(とうた)される可能性があり、一時的にせよ部品の需要が減ってしまうこともあり得ます。

 欧州に目を向けても中国経済減速に伴うドイツ車の苦戦、英国の欧州連合(EU)離脱などの問題がくすぶっています。そのほか、サウジアラビアの原油施設が攻撃されたことは世界中に強いインパクトを与えました。

 ただ化繊業界には今のところ大きな問題にはなっておらず、原糸価格への影響も出ていません。世界経済は良くないのですが、中国は残された市場であり、可能性に期待します。

  ――そのような環境の中で上半期(4~9月)はどのように動いていますか。

 売上高は前年同期実績を上回る水準で推移しています。けん引役になっているのが高機能繊維で、日本国内と中国ともに順調です。特に中国は南通帝人が過去最高の数字を確保できるほどの勢いがあります。

 中国企業も機能繊維の開発を強化していますが、われわれの技術力が半歩、一歩前に進んでいることが、大手のスポーツメーカーやSPAに認められています。国内では産業資材の販売も増えています。一方で、自動車関連は苦戦しています。

  ――下半期以降の戦略を教えてください。

 自動車関連の回復に期待したいのですが、待っていることはできません。生産設備を有効活用するためにも顧客の数を増やしていかなければならないでしょう。上半期は苦しみましたが、タイのタイヤコードや中国のエアバッグ基布にめどが付き、下半期から浮上してくると予想しています。後はリサイクルやバイオマス由来原料、海洋プラスチックごみ問題を含めた環境対応素材の提案強化のほか、安心・安全・防災ソリューションやウエアラブル関連の販売拡大にも力を入れます。

〈私のリフレッシュ法/運の使いどころは〉

 走っている時が一番リフレッシュできていると話す日光さん。日々の仕事のことを考えながら走るが、途中から頭の中から抜けていき、いつしか無になる。「1週間分のアルコールも抜け、“清い”自分になっていく気がする」と笑う。「東京マラソン2020」に出場するが、実は4回目。過去6回応募して4回抽選に当たった。通常の当選確率は12分の1らしいが、日光さんは3分の2。「そんなところで運を使ってどうするのですか」というつっこみに、「もう走るのをやめようかな」とジョークで返してくれた。

〔略歴〕

 にっこう・しんじ 1979年帝人商事入社。13年6月帝人フロンティア常務産業資材部門長兼工繊・車輌資材本部長、14年6月専務衣料繊維第二部門長、17年4月帝人グループ常務執行役員繊維・製品事業グループ長兼帝人フロンティア代表取締役社長などを経て、18年4月帝人フロンティア代表取締役社長執行役員。