特集 アジアの繊維産業Ⅰ(2)/座談会 「アジアでのモノ作りの課題と今後の行方」/CSRへの取り組み推進/米中貿易摩擦で消費懸念

2019年09月12日 (木曜日)

出席者(社名五十音順)/蝶理 アパレル部長 前川 達哉 氏/豊島 海外業務部部長兼生産・物流室室長 朝倉 正幸 氏/日鉄物産 繊維品質安全推進部長 小林 慶太 氏

 人件費アップ、人材確保難などを受けて、商社のアパレル生産は中国からASEANにシフトしている。そこに米中貿易摩擦の激化が影響し、ASEANシフトはさらに加速しそうだ。蝶理の前川達哉アパレル部長、豊島の朝倉正幸海外業務部部長兼生産・物流室室長、日鉄物産の小林慶太繊維品質安全推進部長が、「アジアでのモノ作りの課題と今後の行方」をテーマに語る。

〈ASEANシフト加速も〉

  ――米中貿易摩擦が激化しています。影響はいかがでしょうか。

 前川氏(以下、敬称略) 中国の縫製工場は対米向けの仕事が厳しくなっています。そのため、ベトナムなどASEANにシフトしており、その分ベトナムの縫製スペースがタイトになっています。間接的には米中貿易摩擦で世界経済、日本の経済が低迷することによる消費への影響が懸念されます。

 朝倉氏(同) 前川さんがおっしゃるように中国からASEANへ生産が移転し、今後、ASEANの生産スペースがタイトになっていく可能性は十分にあります。ASEANに進出している主力工場との関係を強め、生産スペースの確保に努めていきます。中国の現地法人が米国にカジュアル製品を輸出していますので、米国の関税追加第4弾の影響を注視しています。

 小林氏(同) 現在、直接的な大きな影響はありませんが、ベトナムなどへの生産移転により、中国の対日キャパシティーが増えるという側面もあります。

  ――その中国ですが、位置付けは変わっていますか。

 前川 当社は日中友好商社第1号というように、中国との歴史は古い方でしょう。蝶理〈中国〉商業、蝶理〈大連〉貿易と二つの現法を中心に、上海・南通地区、山東省、大連地区で一定のシェアを保有しています。パートナーとも20年来の関係で、原料から製品まで裾野も整備されています。中国は今後も継続していく重要拠点です。

 朝倉 中国が重要拠点であることに変わりはありません。賃金の上昇や人材確保が難しくなっているため、沿海部から内陸へと移転する工場もあります。かつてのコスト競争力は弱まっていますが、QR・小ロット生産に優位性があります。

 小林 当社の約60%が中国生産です。QRや小ロット生産で欠かせません。QRでありながら単価の安いボリュームゾーンはディープチャイナで展開しています。ASEANへの素材供給先としても中国は重要な位置付けです。縫製工の高齢化といった課題はありますが、生産効率を上げて対応します。対日だけでなく、中国内販にも力を入れていかないといけません。

〈中国染工場問題に一服感〉

  ――中国では環境規制強化で染色工場問題もありました。

 小林 思ったほど大きな影響はありませんでした。どうですか。

 前川 一時は、生地供給がおぼつかない状況がありましたが、この1、2年で環境整備が進んだような感じがします。

 朝倉 以前と比べ納期面で大きな影響が出ているようには感じません。

 前川 対米向けが減って、スペースが空いたのかもしれません。

  ――ベトナムの状況はいかがですか。

 小林 ベトナムには婦人服の工場もありますが、ユニフォームなど機能衣料が中心です。素材の面でも強化しています。人件費もまだそう大きな問題ではありません。

 朝倉 ベトナム生産は横ばいの状況です。ホーチミンが中心で、まだハノイはそれほど多くない。自社工場が二つあり、カジュアルアイテム中心のカットソー工場とユニフォーム中心の布帛の工場です。コストはバングラデシュやミャンマーに優位性があるため素材の差別化と素材から製品まで一貫したサプライチェーンを構築して競争力を高めています。

 前川 ベトナムでは紳士、婦人のカジュアル、ユニフォーム、インナーなどを生産しています。ハノイ、ホーチミン、ダナンで展開。人件費は上昇していますが、ASEAN全般にアップしており、しかたがない面があります。

 朝倉 人件費だけでなく、電気代の上昇もあります。

  ――ベトナムは素材調達が徐々にできるようになってきました。

 前川 現地で合繊をテキスタイルにしています。

 小林 合繊の糸は台湾、中国からの糸が多いですね。

  ――副資材の調達はどうでしょう。

 前川 表地もまだ満足に調達ができていない状況ですので、裏地はさらにです。副資材メーカーと、ベトナムの中でどう調達していくかを協議する段階です。

  ――バングラデシュは。

 前川 ワーキングユニフォーム関係を生産しています。ダッカ駐在員事務所ができて10年ほどになります。

 朝倉 昨年、ダッカに事務所を開設しました。現地企業と取り組みを進めています。生産地もダッカだけでなく、チッタゴンにも広がりつつあります。今後は中国貿易公司経由のルートを含め、素材を絡めた製品化のオペレーションにおいて、安心できる生産ルートの開拓も必要です。検品もキャパシティー不足解消のため、主力工場では専属の第三者検品会社のスペースを設け、検品会社に常駐してもらっています。

 港湾を含めインフラ整備が十分ではありませんが、今年に入り、日系の検品会社やフォワーダーが進出してきており、インフラも少しずつ改善されてきました。

 小林 現地に駐在員事務所はありますが、まだボリュームに至っていない段階です。

〈ASEANから中国輸出〉

  ――ミャンマーはいかがですか。

 小林 当社ではASEANの中でもミャンマーの比重が大きい。投資先も多いですね。

 駐在員事務所には技術者も赴任しています。布帛を主体にユニフォーム、カジュアル、デニムなどを生産して、素材は中国や韓国から調達しています。

 朝倉 ミャンマーも電力事情があまりよくありません。このため、自家発電する工場もありますが、自家発電コストが増大し、その分工賃への影響が出てくると思います。

  ――インドネシアは。

 前川 ユニフォームや大手SPA向けの工場があります。

 小林 現法を置いて中部ジャワなどでシャツやスーツ、ホームファッション系を生産しています。ユニフォーム素材をミャンマーに送っています。

 朝倉 製品ではカジュアルやスポーツ向けが多く、素材開発強化、リードタイム短縮に取り組んでいます。

 小林 インドネシアのローカル企業は輸出よりも内需を重視していますので、輸出向けのレベルになかなか到達しにくい面があります。その辺のマインドが課題かもしれません。

――アジア生産は日本向けだけでなく、内販や外―外貿易への取り組みも重要な時代になりました。

 前川 中国は地産地消、内販重視です。ASEANで生産したものを中国に向けるスキームが増えています。中国内需も質を求めているためです。欧州向けは新潟のニットなどメード・イン・ジャパンを訴求しています。

 小林 ASEANで生産したものを中国へ持って行くケースは増えていますね。欧州向けは香港が中心となって少しずつ増えてきました。日本の産地素材もあります。欧州はエコやサステイナブル(持続可能な)素材を切り口にして展開するやり方があるかもしれません。

 朝倉 中国の現地法人は中国内販をさらに進め、また、海外現地法人同士の連携により欧米・東南アジアへの販売も強化しています。

〈サステの取り組みは必然〉

――CSR監査などサステイナビリティー(持続可能性)の対応が迫られています。

 小林 CSR監査については、15年に専門の部署を設け、自社の監査を開始しました。昨年は中国とASEANを合わせ、120~130社のパートナー工場の監査を実施しました。今年は実績が160社くらいに広がっています。

 18年4月に、社内にサステイナビリティータスクフォースを立ち上げ、事業部横断でサステイナビリティーの取り組みを始めました。素材・企画・工場・ロジスティックス・リサイクルの五つのワーキンググループを設け、商社としてサステイナビリティーと向き合うための基盤をどう築いていくかを議論しています。

 同年11月にはSAC(サステイナブル・アパレル連合)に加盟しました。現在はSACを通じて環境保全と労働改善についての世界基準を再確認しているところです。自主監査などわれわれの取り組みが世界基準と合致していることが、欧州で商品を販売する上で鍵になります。

 前川 全社的に仕入れ先に対するCSR調達アンケートを実施しています。工場監査については、技術的な部分からCSRまで当社の基準で行っています。世界のアパレル業界でCSRが重視される中、今期から自分たちのCSR監査の基準をアップデートしようと営業部内で話し合いを重ねています。とかく営業畑は価格・品質・納期対応で工場を選定しがちですが、今は営業をしていても「CSRやサステイナブルな取り組みが必要になる」と強く意識するようになりました。

 商品展開でも、サステイナブルを前面に打ち出しました。当社には草木染めの技術を活用した「ナチュラル・ダイ」がありますが、20春夏展示会に「発売から15周年」とうたって出品すると大きな反響を得ました。この動きを単なるトレンドで終わらせてはいけないと認識しています。ほかにも、ペットボトルを再利用した糸「エコブルー」もあり、こうしたリサイクル商材を育てていくためには、原料から一貫して手掛ける体制の整備に努めなければなりません。

 朝倉 当社もCSR監査に対する要望が高まっていると感じています。従来、生産工場には価格と納期を重視していましたが、CSRも加わっています。得意先や各ブランドの基準に対応しています。今後はより安心して取引していただくため、CSR調達体制をさらに確立していきます。その中で、サプライヤーに対してCSRに関わる自社基準を明示し、順守を要請していきます。行動規範やマニュアル、監査フローを整備し、監査体制を構築しているところです。

 サステイナブル素材は、早くから展開しています。30年前から環境に配慮した「テンセル」を手掛けてきました。独自のオーガニックコットンブランド「オーガビッツ」も約15年の歴史があります。廃棄予定の食材を染料に使用する「フードテキスタイル」にも力を入れています。こうした地球環境保護の取り組みは、今後も継続して行います。

――生産現場の効率化、合理化につながる取り組みは。

 小林 私の部署には「工場の生産効率化サポート」という業務があります。会社の方向性として「川中の再構築」を掲げており、自動採寸などのデジタル技術を持つ企業などにも投資しています。これらの取り組みを事業としてどう具現化していくのか、という段階にあります。「見える化」という言葉をよく使いますが、見えたものに対してどうするかは知見のある人間の力を借りなければなりません。

 朝倉 「生産の見える化」に対する取り組みは進めており安定生産につなげています。中国やASEANでは、資本力がある工場が賃金上昇や労働力不足の対策として、最新設備を導入しスマート化も進めています。当社も主力仕入れ先と連携し取り組んでいます。

 前川 CSRの観点から工場を選定していく中で、当社の商品について熟知しているパートナーへの技術的な協力を強めていきます。最近、ASEAN地域を訪れる機会がありましたが、RFID(無線通信による商品の個別管理システム)などを活用してイノベーションを図る縫製現場を目にしました。以来、生産現場を取り巻く環境が変わる中、われわれもサプライチェーンに対し、どのような役回りを追っていくのかをより深く考えるようになりました。

――ありがとうございました。