特集 アジアの繊維産業Ⅰ(3)/タイ/高付加価値型への転換急ぐ/ハブの“地の利”どう生かす

2019年09月12日 (木曜日)

 タイ経済が曲がり角を迎える中、繊維産業も高付加価値型への脱皮を本格的に迫られている。自動車産業の先導で順調に成長してきたタイ経済だが、ここに来て息切れが目立つ。繊維産業にはベトナムをはじめ周辺諸国の台頭で以前から逆風が続くが、バーツ高定着に加えて、人手不足が懸念され、逆風はさらに強まる。日系繊維企業も事業モデルの転換が急務だ。商品高度化はもちろん、構築の進む新商流に対する“ハブ機能”発揮が一層求められる。

 経済指標は潮目の変化を如実に示す。8月半ばに国家経済社会開発庁が発表した2019年第2四半期(4~6月)の国内総生産は、前年比2・3%増と約5年ぶりの低い伸び。年間成長見通しも数度の下方修正を経て、予測値は8月下旬に2・7~3・2%増まで下がった。6月以降、自動車生産台数、販売台数も減少に転じ、自動車産業にも変調が見られる。景気を下支えしてきた観光も低迷。弱含みする国内外景気に、バーツ高が追い打ちをかけた格好だ。

 繊維で比較的安定してきた産業資材向けも影響は免れない。自動車向けは既に一部に影響が及ぶ。輸出依存型の経済構造で経常黒字が続くタイには自国通貨高圧力が働く上、主要先進国の通貨安競争でバーツ高は長期化が予想される。現状は需要旺盛で安定成長を続ける衛材向けも、生産合理化の徹底で採算悪化への対応を急ぐ。

 衣料繊維ではバーツ高の影響はさらに大きい。縫製産業の衰退著しいタイでは、衣料向けの主軸は生地輸出。通貨高で競争力が低下し、先進国向け輸出は採算悪化が続く。米中貿易摩擦による中国の景気減速でタイ国内に安価な中国生産の糸・生地が流入し、国内の繊維相場にも下落圧力をかける。逆に中国からの生産地シフトの恩恵はベトナムにほぼ奪われている。

 難局打開には、商品と商流の高度化による日欧米輸出の再構築しかない。「東南アジアの金融センターはシンガポールだが、モノ作りでは今や同じ地位をバンコクが占める」とは、ある日系企業の現地法人社長の言。南・東アジアをつなぐ要に位置するタイは、日本やASEAN域内では経済連携協定で、インドとは自由貿易協定で、輸出入が無関税となる。現地主導の開発品で自販を拡大し、東南・南アジア近隣国に展開する世界的ブランドのサプライチェーンに独自に食い込む。東南アジア・南アジアの生産現場をつなぐオペレーション確立に主導権を発揮する。アジア地域全体を見渡せる“地の利”を生かしたタイならではの戦略が生き残りの道となる。

〈旭化成スパンボンド〈タイ〉/衛材需要伸長で生産増に〉

 旭化成のポリプロピレンスパンボンド(PPSB)製造子会社、旭化成スパンボンド〈タイ〉(AKST)は、紙おむつ向け不織布原反のASEAN地域や南アジアの周辺諸国での旺盛な需要拡大に支えられ、2年以上にわたってフル生産状態が続いている。日本向けのPPSB原反供給量が前年同期を下回り、「日本国内のインバウンド需要のピーク時から1~2割供給量は減少した」(及川恵介社長)が、その減少を上回ってタイや周辺国での需要が伸び、全体生産量は増加した。

 順調な量的拡大の一方で、直接的に収益を押し下げるバーツ高定着が今後の懸念材料で、収益性確保の施策が必要となる。フル生産が続くため品種の組み換え余地は小さいものの各品種の効率的で合理的な生産計画を徹底し「最適なプロダクトミックスを今から考えていく」。現状では日本、タイの既存設備ともフル生産状態のため「現在日本で開発ステージにある、ソフトさを向上させた『エルタス』シリーズ新原反は3号機で量産ベースに乗せる」計画と言う。

〈タイ旭化成スパンデックス/衣料用で新販路を開拓〉

 旭化成のスパンデックス製造子会社、タイ旭化成スパンデックスは、苦戦する衣料用の打開に向け、東南・南西アジア地域の日欧米SPA・アパレルのサプライチェーン向けの拡販に取り組む。

 同社は2019年度上半期(1~6月)、衛生品用は堅調な半面、衣料用は米中貿易摩擦やバーツ高で事業環境が悪化。内販は今後も拡大余地が少ないとみて、周辺国への販売強化で打開を目指す。

 対米迂回貿易の有力受け皿であるベトナムや、南西アジア諸国で拡販を狙う。本社ロイカ事業部のSCM担当と連携し、ベトナムで日系アパレル向けの糸供給に着手した。周辺国の有力生地メーカー攻略も進め、独自で欧米アパレル攻略にも取り組む。日本で生産する差別化品の移管も加速。日本向け製品の生地生産地、縫製地近くからの機能糸供給体制を強化する。

 衛生品用は若干伸びが期待値を下回るが安定している。紙おむつメーカーの大人用シフトへの対応や近隣の成長市場攻略での供給体制整備を課題として、人口規模に加え自由貿易協定で通商条件の整うインドなど周辺国への供給拡大を目指す。

〈モリリン〈タイランド〉/立地生かし“外―外”拡大〉

 モリリンのタイ法人、モリリン〈タイランド〉は、東南・南西アジアの要に位置する立地・通商条件を生かした外―外ビジネス拡大を目指す。日本向けは自社サプライチェーンにつなぐ高付加価値原料開発を加速させる。

 同社は昨年、低調だった日本向けのカバーを目指しタイ内販を本格拡大。売上比率は50%を超えた。タイとインドの自由貿易協定を生かした、インド産綿糸のタイ中小企業向け販売に続いて、今秋からポリエステル長繊維の延伸加工糸も販売する。既存ネットワークを活用して原料調達先のインドへの日本独自原料の販売ルートも開拓する。

 日本向けでもタイの立地を生かした独自性の高い原料開発を継続する。中長綿100%リング紡績糸で元来タオル用の「秒速糸(仮称)」の衣料展開に加え、UVカット機能を持つペルー産乾式アクリルわたをインドで綿と混紡した「アンデスコット」や、四つ山断面ポリエステルとレーヨンをタイ国内で撚糸し酷暑対応の究極の接触冷感をうたう「アルティメイト・クール」でサンプルワークが進む。

〈テイジン・フロンティア〈タイランド〉/東南アジア市場を深掘り〉

 テイジン・フロンティア〈タイランド〉は2019年度上半期(4~9月)、タイ国内に供給するカーシート地やタイヤコード、ゴム資材など自動車関連資材は比較的堅調な半面、衣料用テキスタイルはバーツ高に伴う輸出採算悪化で苦戦している。状況打開に向け、管理強化による効率生産・ロス削減を追求しながら、タイを中心に東南アジア市場の新規開拓に取り組む。

 生地販売は現地生地商の機能低下に伴う販売減をローカルアパレル直販拡大でカバーしてきたが、ここに来て安価な他国産生地の流入などで競合が激化した。そこで、タイ国内のユニフォーム用途の開拓に取り組む。スポーツウエア用生地をアレンジした快適性の高い工場ユニフォームのような提案型商品で新規分野を開拓する。

 資材向けで期待が大きいのは、帝人グループが、連携するインドネシアのTIFICOに設備移設の上で来年からOEMを拡大する衛材向けバインダー用ポリエステル短繊維。同社はタイ国内やマレーシア、台湾など東南アジア諸国への供給を担い、現地衛生用品メーカーを攻略する。

〈タイナムシリインターテックス/設備更新で生産品高度化〉

 帝人グループの織布・染色加工会社、タイナムシリインターテックスは、設備更新による品質向上を背景にスポーツ衣料用テキスタイルで堅調な販売が続く。

 同社はこの数年の設備更新で、全300台のウオータージェット織機の半数、レピア織機から転換した最新エアジェット織機32台を広幅化した。ストレッチ織物など高付加価値品の生産能力が高まり、欧米メガスポーツアパレル向けなどへの増販体制が整ったことが好調を支えている。

 今後も「スポーツ、カジュアル分野の増販が鍵となる」(山口尊志社長)として、「ソロテックス」使いや高バランス織・編み物「デルタ」シリーズを軸としてスポーツに加えファッション分野への提案をさらに強化する。特に、「アスレジャー化進展でスポーツと共通のモノ作りがしやすい」カジュアル分野を攻略する。

 カーシート地も堅調で、低調が続く中東民族衣装向けの数量減をカバーした。受注は計画通りだが、染料価格の高騰で利益が圧迫されているため、価格転嫁や品番転換も含めた生産コスト削減を供給先と協議して進める。

〈TPL/TJT/産資用ポリ短の生産増強〉

 帝人グループのポリエステル長・短繊維製造子会社、テイジン・ポリエステル〈タイランド〉(TPL)とテイジン〈タイランド〉(TJT)では、産業資材・不織布用ポリエステル短繊維をけん引役に業績好調が続く。

 逆浸透膜用短カットわた、自動車内装用原着わた、衛生品用バインダー繊維、不織布構造体向け機能わたなどがフル生産継続中だが、それでも需給タイトな状態が続く。今後、自社設備拡充と委託生産拡大の双方で増産体制を整える。

 短カットわたはTPLで休止中の1系列を来夏を目途に再稼働させ、原着わたはTJTに1系列を増設する。衛生品用バインダー繊維は以前のグループ企業で現在も密接に連携するインドネシアのTIFICOでのOEM拡大で対応する。昨年に帝人グループの生産設備を一部移設して稼働準備を進めており、短カットわたや紡績糸用も委託生産を増やす。

 ポリエステル長繊維はスポーツ用途でやや減速感が見られる一方、再生ポリエステルの要望が急増。これを受け、良質な再生原料確保のルート整備に独自もしくは現地企業との合弁で取り組む。

〈再編機に商品高度化/東レグループ〉

 タイ東レグループは、繊維の事業会社再編を機に、商品高度化と新商流構築を加速させる。

 7月1日に短繊維紡織加工、長繊維織布加工、エアバッグ基布製造のラッキーテックス〈タイランド〉とポリエステル・レーヨン紡織加工のタイ・トーレ・テキスタイル・ミルズを統合し、新会社トーレ・テキスタイルズ・タイランド(TTT)を発足させた。

 在タイ国東レ代表の髙林和明トーレ・インダストリーズ〈タイランド〉社長は目下の事業環境を「米中貿易摩擦による景気減速にバーツ高が重なり環境は厳しい。タイ経済も成長鈍化の難しい局面で、高付加価値型への転換期」と総括し、「内販で高額品販売拡大に加え、地の利を生かした輸出拡大も必要」と課題を話す。

 その鍵となるTTTでは、前身2社の幅広い素材群を生かす製販連携の確立を急ぐ。「2社の得意分野、顧客を共有し、ワンストップ型で提案の幅を広げる」(前川明弘社長)。「長・短繊維の衣料用織・編み物に加え、資材織物まで手掛ける世界一の総合テキスタイルメーカー」を標ぼう。「2025年には合併前の営業利益から倍増」を目指す。

 既に社内組織再編と工場間交流に着手し、素材別縦割りの営業体制を仕向地別に再編、各部署には製販連携を担う素材別の事業責任者も置いた。

 長・短繊維の織布、織編み物の染色設備を持つため開発面の相乗効果にも期待が大きい。長短交織品の開発のほか、綿100%品も含めたシャツ地の高度化も図る。策定中の次期中期経営課題では仕上げ工程への投資を盛り込み、さらに設備を高度化する。

 長繊維製造のタイ・トーレ・シンセティクスでも生産品の高度化が進む。延伸加工糸用設備はポリエステル用に続き、ナイロン用も導入。「特品対応を強化し、衣料用は生産量の半分が加工糸になった」(奥村由治社長)

 産業用は漁網用で苦戦が続くナイロン6での「脱漁網」が課題で、タイヤ部材など車両用資材を開拓する。日系自動車メーカーの現地生産拡大に呼応し、日本生産品のタイ移管にも取り組む。

 トーレインターナショナル・トレーディング〈タイランド〉の「水平・垂直双方でサプライチェーンの隙間を埋める」(高橋伸宜社長)役割も大きい。垂直方向では「生地・製品ともに競争力の高いスポーツ関係の商流構築」、水平方向では「タイ国内の生産能力を超えて引き合いが急増する再生糸供給など」に力を尽くす。

〈高付加価値生地で周辺国攻略/クラボウグループ〉

 紡織のタイ・クラボウ(TKC)、紡績のサイアム・クラボウ(SKC)、染色加工のタイ・テキスタイル・デベロップメント・アンド・フィニッシング(TTDF)から成るタイ・クラボウグループは世界的景気減速やバーツ高が響き、2019年度上半期(1~6月)業績は各社とも減収減益と精彩を欠いた。下半期は反転に向け、既存・新規客双方に対策を講じる。

 TKCはASEAN周辺国での織染加工一貫メーカーの台頭による競合激化もあり販売量が伸び悩んだ上、バーツ高で利益も大きく圧迫された。

 この事業環境が続くとみて、新規顧客開拓で打開を図る。ベトナムなど周辺国の縫製工場では独自の生地手配が進む半面、地場に定番品以外の選択肢が少ない点に着目し、高付加価値生地の提案を強化。「今期は売上高の5%程度を目標とし、長期的にさらに拡大する」(高橋正人TKC社長兼SKC社長)。強撚糸や複合素材、特殊ストレッチなど独自性の高い生地は欧米アパレル向け自販開拓にも活用する。

 カジュアル、ユニフォーム向け厚地・中肉生地が主体の日本向けは、計画生産しやすいユニフォーム向け拡大で受注量安定を図る。紡織加工の3工程一体で生産効率化とロス削減によるコスト削減を徹底し、スピード感ある顧客対応力も磨く。「短納期対応は当然。引き合いにも即日対応レベルの迅速さを追求する」

 ロス削減と同時にエコ潮流対応にも活用できる落ち綿再利用も徹底し、日欧米アパレルからエコ・エシカル素材の要望急増に対応して原綿のBCI認証品比率も増やす。

 TTDFも景気減速やバーツ高によるタイ織布企業の業績不振で加工数量が減少した。スレン染料などの染料価格上昇も利益を圧迫した。

 打開に向けて、TTDF独自の商品開発で薄地まで加工品種の間口を広げるほか、TKCと共同の周辺諸国の新規顧客にも取り組む。グループ一体で、バンコク近辺で紡織加工の一貫通貫で高付加価値生地が生産できる強みを訴求する。

 得意のボトムス・アウター用中厚地に加え、トップス素材の加工も強化。キュプラ、「テンセル」混など加工難度も高い素材に取り組み、「キャッチアップする競合他社のもう一歩先を目指す」(上野秀雄TTDF社長)。

〈ロープ染色機増設で提案力向上/カイハラ〈タイランド〉〉

 デニム製造のカイハラ(広島県福山市)の海外製造拠点、カイハラ〈タイランド〉では現在フル生産が続く。年初には、省水・省エネに加え、染色仕様も変更したロープ染色機1基を増設して、生産品種が充実。提案力向上を受けて、織布能力の増強も視野にさらなる受注拡大を目指す。

 今上期はグローバルSPAなど既存供給先からの受注回復で生産量が前年同期比2桁%増となった。デニムのトレンド退潮で勢いを欠いた昨年から一転、レピア織機120台・月産100万メートルでフル生産が続く。タイ国内での認知も拡大し、現地高級ブランドへの採用が広がる。

 今後、150万メートルまでの織布能力増強も視野に入れて既に主力供給先にアプローチを始めた。バングラデシュなど欧州向け縫製拠点との近さから納期面で強みを発揮できるため、同国の縫製工場と組んで欧州攻略を目指す。

 現地人スタッフによる日本同様の品質・生産管理体制確立も加速させる。設立4年目の現在、既に工場長や管理職でも転換が進み、2、3年後には管理部門を残して全て操業を「現地化」する計画。

〈街角/電線の洪水〉

 慣れないバンコク訪問者の目には、都心・郊外を問わない建設ラッシュで日々充実するビル群のスカイラインがまず飛び込む。高度成長ただ中の世界都市の活力に圧倒されながら街を歩いて、風景に慣れてくると、そのもう少し下で繰り広げられる“電線の洪水”に気付く。歩道橋から手が届くどころか、頭を屈めて通らねばならないほど近くに、洪水と形容するほかない大量の電線が踊る。多くが仮敷設なのか、電柱には幾重にも遊び分が丸く巻かれ、その印象を強める。埋設が追い付かないのか浅く埋めすぎ、舗装の隙間からのぞく電線もある。さる取材先の所在地は“ワイヤレス”通り。内心期待して着いたそこもやはり電線が氾濫。単にタイ語名ウィッタユ=ラジオにちなむ名だった。スカイラインが「普請中」である限り、その足元での洪水もしばらく収まりそうにない。