特集 アジアの繊維産業Ⅰ(5)/東レのASEAN戦略/“コロナ後”へ基盤整備/グループ連携で価値創造

2021年03月29日 (月曜日)

 新型コロナウイルス禍は世界の繊維製品需要とサプリチェーンに大きな打撃を与えた。東南アジア各国でも経済への打撃は大きく、繊維産業にも影響が及ぶ。こうした事業環境の変化に対して、東レグループの東南アジア各社は、大胆なポートフォリオ改革や新規用途開拓などで新たな成長に向けた基盤整備を進めている。“コロナ後”に向けて「多彩な商品群」「サプライチェーン」「グローバル展開」の3軸を重層的に展開することで商品の高付加価値化や新たな事業領域の創出に取り組む。

 ASEAN主要6カ国(ベトナム、タイ、フィリピン、シンガポール、マレーシア、インドネシア)の当局発表によると、2020年の各国の実質GDP成長率はベトナムを除く5カ国がマイナス成長となった。タイがマイナス6・1%、マレーシアはマイナス5・6%、インドネシアはマイナス2・1%となり、いずれも過去20年で最悪の数字となるなど新型コロナ禍によるダメージは大きい。

 繊維産業を取り巻く環境も激変した。各国とも国内経済の悪化によって内需が減退し、アジア地域以上に新型コロナ禍の打撃が大きい欧米への輸出も減少する。さらにロックダウン(都市封鎖)や在宅勤務の普及などによってライフスタイル自体が変化し、衣料品の消費構造も変わることになる。

 こうした動きは東レのASEANでの繊維事業に大きな影響を及ぼしている。特にポリエステル・綿混織物事業は主力用途の一つであるシャツ地の需要減退が顕著になった。こうした変化はライフスタイルの変化といった構造的要因によるもののため、需要は今後も完全には回復しない可能性が高い。

 このため新規用途や販路の開拓と生産品種の構成比を変更するなど大胆なポートフォリオ改革に取り組む。シャツ地の縮小に対してワーキングウエア地の拡大を図ることや、メディカル用途など新型コロナ禍によって新たに生まれた需要を開拓することに取り組む。

 こうした取り組みで、ASEAN地域の東レグループの強みとなるのが多様な生産基盤。タイ、インドネシア、マレーシアに原糸・原綿、織布、染色加工、縫製まで一貫した生産基盤を持っている。原料もポリエステルとナイロンを持つ。世界的に需要が高まる再生ポリエステル繊維の生産も各拠点で本格化した。

 地域、工程、素材の3軸で重層的な基盤を持つことを生かし、ASEANの東レグループ各社が連携することで商品の高付加価値化を進め、“コロナ後”に向けた事業領域と価値の創造に取り組む。

〈インドネシア/最終製品意識し一貫生産/グループ連携より強固に〉

 インドネシア東レグループを取り巻く環境は、昨年からの新型コロナウイルス禍で世界的に衣料品を中心とした繊維製品の消費が著しく減り厳しさは一層増している。こうした中で、インドネシア東レグループが進めるのが現地で製造する原糸、原綿、生地、縫製品の高付加価値化だ。その際、強みとなるのは糸の原料となる長・短繊維の開発、紡績、織布、染色加工、そして最終の縫製までインドネシア国内に全てのサプライチェーンがあることだ。風合い、多彩な機能付加、サステイナブル素材などさまざまな価値をインドネシア国内で付け、縫製品にまでできる。

 アジアに展開する東レグループ各社の連携強化も今後の成長の鍵となる。インドネシアの製造拠点だけでなくタイ、マレーシア、日本の東レグループとも結び付きを強め、これまでより高度で取引先のニーズに合った商材を供給する体制を構築する。東レグループのインドネシア各社に共通するのはこうしたグループ間連携を活用した最終製品まで見据えた素材開発と新たな商流づくりだ。

 合繊糸・わた製造のインドネシア・トーレ・シンセティクス(ITS)は2020年度上半期(4~9月)、不織布用の綿は衛材向けなどで堅調だったものの、新型コロナ禍で紡績糸用合繊綿の販売で苦戦した。ただ、下半期から少しずつ回復傾向にある。西村成伸ITS副社長は「止まっていた案件や開発も下半期から再スタートした」と話し「需要の回復の波に乗り遅れず、最終製品を意識して糸、わたを開発し拡販に力を入れる」と話す。「&+」(アンドプラス)のブランドで展開する再生ポリエステル繊維の生産も少しずつ軌道に乗りつつある。

 紡織のイースタンテックス(ETX)は綿混シャツ地の輸出が主力。新型コロナ禍で欧米を仕向け地としたトルコ、バングラデシュ、中国、台湾などの縫製拠点への供給量が大きく減った。吉村暢浩ETX社長は「下半期から回復傾向にあるが、ペースが遅く地域によっても差がある」とし「新型コロナ禍前の水準に戻るにはもう少し時間がかかる」との見方を示す。このためタイ、インドネシア、マレーシアの東レグループとの連携強化による生機供給に一層注力したり、グループ各社と開発に取り組むことで新商材を充実させたりすることで反転攻勢を目指す。

 紡織加工のセンチュリー・テキスタイル・インダストリー(CENTEX)も上半期は受注の大幅減に苦しんだ。固定費の削減に取り組むとともに、定番のシャツ地の落ち込みを補うべく、「カジュアルやユニフォーム、中東民族衣装などの用途への拡大に取り組む」(岡嶋克也CENTEX社長)方針。

 18年には染色加工工程を増強しており、ETXの生機も活用しながら、ストレッチ品など高付加価値品の生産も強化する。インドネシアで縫製して再び輸出する動きが海外アパレルを中心に活発になっていることから、縫製工場への生地の直接販売の拡大がこれからのテーマとなる。

 紡織加工のインドネシア・シンセティック・テキスタイル・ミルズ(ISTEM)は主力のポリエステル・レーヨン混織物で新たな取引先や用途を開拓している。アフリカのユニフォーム市場やインドネシアの官公庁制服向けの生地、昨年はブラウス用の薄地を初めて受注するなど成果が上がる。アクリル紡績のアクリル・テキスタイル・ミルズ(ACTEM)は染め糸の販売量が減少し、新規顧客の開拓に注力している。「ISTEMは新規用途の開拓を進め、ACTEMは春夏素材などの開発を進める」(梅木英雄ISTEM社長兼ACTEM社長)。

 縫製まで一貫のサプライチェーンでインドネシア各社の商材を活用するために役割が大きいのが縫製オペレーションを担うトーレ・インターナショナル・インドネシア(TIIN)。昨年12月に着任した塩村和彦TIIN社長は「近年、アパレルが縫製を直接手配する動きが活発になっている」とし「こうした中、グループに多様な繊維の生産現場があるということは、供給できる素材の差別化の大きな強みになる。これを生かして取引を拡大させたい」と話す。

〈在インドネシア国東レ代表 トーレ・インダストリーズ・インドネシア社長 山本 浩房 氏/高付加価値品へ転換加速〉

 2020年のインドネシアの実質GDP成長率は、昨年マイナス2%まで落ち込みました。新車の販売台数は昨年と比べ半分程度にまで減っています。新型コロナウイルスの感染拡大によって現地の市民の行動や企業の事業活動が一時期は著しく制限された影響で消費も低迷しています。今は、地域ごとの状況に応じた制限に緩和されましたがそれでも1日当たり5千~7千人ほどの新たな感染者が出ており消費の戻りは緩やかです。

 こうした中、インドネシア東レグループも20年度(21年3月期)は苦戦を強いられています。汎用素材の価格競争が苛烈だったところに、新型コロナ禍で世界的に衣料品の売れ行きにブレーキがかかりました。下半期は回復の兆しが見られますが、新型コロナ禍以前の状態には戻るとは考えにくい状況です。消費者の生活様式が変わりつつあるためです。

 “量”を追うのではなく、商品と商流を改革することで高付加価値品中心への転換を、加速して推進しています。アパレルではインドネシアで素材調達、縫製まで一貫で行う企業も増えています。こうした動きに対応して最終製品を見据えた付加価値素材を開発し、供給することが必要です。このためにはアジアの東レグループ各社との連携強化も重要です。

 今後、環境配慮の取り組みも重要性が増すでしょう。これも東レグループとして取り組みます。省エネルギーなどへの投資に加えて、「&+(アンドプラス)」のインドネシアでの量産も今年から本格化します。こうした商品を日本やインドネシアだけでなく他のASEAN諸国を含めた商流に供給することを目指しています。

〈タイ/差別化品の開発力で勝負/ポートフォリオを大胆転換〉

 タイ東レグループは主力のシャツ地や裏地などの需要が減退する中、大胆なポートフォリオ転換に取り組む。東レグループの強みである多様な原糸・原綿を活用した差別化品開発で新たな需要を創出することを目指す。

 新型コロナウイルス禍はタイ東レグループにも大きな影響を及ぼした。紡織加工のトーレ・テキスタイルズ〈タイランド〉(TTT)は2020年度(21年3月期)、衣料用ポリエステル・綿混織物の主力用途であるシャツ地や衣料用ポリエステル長繊維織物の主力用途である裏地が大幅な受注減少に見舞われた。

 主力市場である欧米でロックダウン(都市封鎖)や行動制限が続き、在宅勤務の普及で世界的にドレスシャツやスーツなどビジネスウエアの需要が急激に減退している。中東民族衣装用のポリエステル短繊維織物も市況低迷と商談停滞で苦戦が続く。

 合繊長繊維製造のタイ・トーレ・シンセティクス(TTS)も衣料用ナイロン長繊維は内需向けが主力のため、新型コロナ禍によるタイ経済の悪化とインバウンド需要消失の影響で振るわなかった。

 一方、産業資材分野は年度後半から急回復した。現在、TTTのエアバッグ基布はフル生産となっている。TTSの産業用ナイロン長繊維、同ポリエステル長繊維も回復基調にある。

 シャツ地や裏地の需要減退は構造的なものであり、当面回復は見込めないことから、21年度は大胆なポートフォリオ転換に取り組む。TTTはシャツ地用ポリエステル・綿混織物の生産を縮小し、安定している学販シャツ地やユニフォーム地のウエートを高める。スポーツウエア向けポリエステル長繊維織物やニット製品の拡大も進める。そのためにTTSや東南アジアの東レグループ各社の多様な原糸・原綿を活用し、メガブランドやSPAのサプライチェーンへの参画を強化する。

 スポーツ用途などではSDGs(持続可能な開発目標)やサステイナビリティーへの取り組みが不可欠。TTSでは「&+」(アンドプラス)のブランドを設定して取り組んでいる回収ペットボトルを原料とする繊維を拡大し、TTTでサステイナビリティーを確保した「ベター・コットン・イニシアチブ」(BCI)認証の綿花を組み合わせるといった商品企画に力を入れる。労働環境なども含めたサステイナブル生産体制を証明する国際認証「エコテックス・ステップ」も取得した。

〈執行役員 在タイ国東レ代表 トーレ・インダストリーズ〈タイランド〉社長 松村 正英 氏/繊維事業高度化の中心に〉

 新型コロナウイルス禍によって東南アジアにおける繊維事業の環境も大きく変化しました。ポリエステル・綿混織物のシャツ地、ポリエステル長繊維織物の裏地など主力用途が在宅勤務の普及といったライフスタイルの変化によって急激な需要減退に見舞われています。こうした変化は構造的なものであり、今後も完全には回復しないでしょう。このため現在、シャツ地や裏地からスポーツ用途などへと生産品種を転換し、大胆なポートフォリオ改革に取り組んでいます。

 新型コロナ禍を契機にコンテナ不足など物流網の混乱も続いています。このため今後は地産地消への志向が高まり、地域の中でサプライチェーンが完結するような再編も起こるでしょう。その中で、いかに競争力のある差別化品を作ることができるかの勝負になります。

 かつて日本では新合繊の開発などで大きな成果を上げてきました。これを東南アジアでもやる時代になりました。

 その点で東レグループにはタイのほか、インドネシア、マレーシアに拠点があり、ポリエステルの長繊維・短繊維、ナイロンの長繊維を生産するなど多様な原料を持っています。これらを活用すればさまざまな開発ができるでしょう。その意味で楽しみでもあります。

 タイは東南アジアの中でも東レが最も早く進出した国であり、自動車産業も集積し、生活様式も含めて成熟度が高い。周辺国には縫製拠点も数多くあります。ここに原糸、織布、ニット工場を一貫で持っていることは、リードタイムの面でも優位性があります。これを生かし、東レグループの東南アジア繊維事業を高度化する中心的役割を担っていきます。

〈マレーシア/新用途の開拓を加速/東南アジアでグループ連携〉

 マレーシア東レグループは主力用途だったシャツ地に代わる新たな用途の開拓を加速する。東南アジアの東レグループ各社との連携をさらに強め、ポリエステル・綿混織物事業の中核的役割を担う。

 新型コロナウイルス禍を契機とする在宅勤務の普及やカジュアル化によって世界的にドレスシャツの需要が急減した。織布加工のペンファブリック(PAB)も2020年度(21年3月期)は主力用途であるシャツ地の受注が激減した。シャツ地の低迷は構造的なもののため、今後も完全な回復は難しいとみる。

 このため新たな用途の開拓に力を入れた。その一つがワークウエア。欧米や日本向けの販売が拡大している。メディカルウエア用途で新規取引も強化し、マレーシア保健省が調達する医療用ウエアや、シンガポールの国際空港のスタッフが着用する防護服にも採用されるなど成果も出ている。

 21年度も引き続きワークウエアやメディカル分野の拡大に取り組む。特にメディカル用途は保有するラミネート加工機を活用し、防護性の国際的な規格である米国医療機器振興協会(AAMI)規格のレベル3(一般的な外科手術に使える防護性)を確保した生地開発を進める。

 ポリエステル短繊維製造のペンファイバー(PFR)も20年度は前半に新型コロナ禍で大幅な受注減少に見舞われた。ただ、縫製糸向けなど汎用品は苦戦も、スポーツ用途などの開拓が進む。中でも「『&+』(アンドプラス)のブランドで取り組む再生ポリエステル繊維は、別の動きを見せており、引き合いも強い」(黒目泰一PFR社長)と期待をかける。同社のポリエステル短繊維全体では、現在は新型コロナ禍前の90%の水準まで回復した。

 21年度も引き続き東南アジアでの繊維製品サプライチェーンに参画してパートナーと連携した事業運営に取り組む。特殊ポリマーや特殊油剤を活用した開発を進め、最終製品企画にコミットした差別化原綿の開発・提案に取り組む。

 PFRの差別化原綿をPABが活用するなどマレーシア内での連携に加え、東南アジアの東レグループ各社との連携も強化。昨年6月にPABの紡績工程を閉鎖し、東レグループ内からの調達に切り替えた。厚地用生機・糸はタイのトーレ・テキスタイルズ〈タイランド〉(TTT)、薄地用生機・糸はインドネシアのイースタンテックス(ETX)からの調達を増やし、同じくインドネシアのセンチュリー・テキスタイル・インダストリー(CENTEX)とは相互に委託生産や調達を拡大するなど生産体制の最適化を進める。

〈執行役員 在マレーシア国東レ代表 トーレ・インダストリーズ〈マレーシア〉社長 テー・ホック・スーン 氏/市場変化をビジネスチャンスに〉

 新型コロナウイルス禍は東レグループのポリエステル・綿混織物事業に大きな影響を及ぼしました。在宅勤務の普及やビジネスウエアのカジュアル化が急速に進み、主力用途であるドレスシャツ地の需要が大きく減退しています。需要の回復には時間が必要でしょう。

 一方、市場環境の変化によって新たな需要も生まれています。これを新たなビジネスチャンスとしなければなりません。その一つが防護服や患者衣・介護衣といったメディカル用途です。欧米や日本向けのワークウエア用途も拡大しています。2021年度もメディカルとワークウエア分野の拡大を進めます。

 “アフターコロナ”に向けた取り組みも始めました。その一つがデジタル技術で企業を変革するデジタルトランスフォーメンション(DX)です。オンラインで商品提案できるシステム「バーチャル・セールス・ダッシュボード」をグループ会社であるトーレ・マレーシア・システムソリューションと共同開発しました。製造工程でもAI(人工知能)によるデータ管理やモニタリングのシステムを導入します。

 SDGs(持続可能な開発目標)への対応も欠かせません。労働環境なども含めたサステイナブル生産体制を証明する国際認証「エコテックス・ステップ」も取得しています。6月から余剰蒸気で発電する「GHGエミッション」も稼働するなどエネルギーの再利用にも取り組みます。

 新型コロナ禍によって繊維製品のサプライチェーンは大きな変化に直面しています。新疆ウイグル自治区での人権問題への懸念から欧米アパレルが中国綿を避ける動きもあります。これは東南アジアでの繊維産業にとって追い風となる可能性があります。こうした中でマレーシアが東レのポリエステル・綿混織物事業の中核的役割を果たせると確信しています。