炭素繊維、日本主導で拡大
1999年01月06日 (水曜日)
日本が主導権を握る数少ない繊維素材のひとつであるPAN(ポリアクリルニトリル)系炭素繊維。昨春、東レ、東邦レーヨン、三菱レイヨンの三社が内外での増設を完了。生産能力シエアではレギュラートウタイプで世界の八〇%を握るまでになっている。将来の需要見通しも強気の見方が多く、二〇〇〇五年には九八年比六〇%増の二万トン弱が見込まれている。九〇年代の初頭、需給バランスを失調し、どん底にあったが、この数年で再浮上し、攻めに転じることができた裏には優れた素材特性はもちろん、単価の下落に伴う用途の広がりによるところも大きい。
ものによって異なるが、かつて一キロ当たり数万円とまで言われたPAN系炭素繊維の価格は現在、数千円台まで値下がりしている。そのきっかけとなったのが、八〇年末の冷戦の終結、そして軍縮。さらに湾岸戦争による民間航空機需要の減少が追い打ちをかけた。
しかも、運が悪いことに八〇年末には各社の増設が立ち上がったため、一気に需給バランスを失調。価格は大幅に下落することになった。急速な単価下落により収益は悪化。各社とも水面下に沈むことになる。その中でコートールズ、BASF、新旭化成カーボンファイバーなどの事業撤収が相次ぎ、業界再編も進んだ。一方で、単価下落により、今まで高すぎて使うことができなかった新規の産業用途に採用され始めた。
それが今日のPAN系炭素繊維メーカーを支えている。日本においては土木建築の耐震補強、補修用途が阪神大震災を機に花を開く。高速道路や鉄道の橋脚補強がその代表格。同用途は日本が生み出した市場でもあり、昨今は欧米でも注目されている分野。これも単価の下落がなければこれほど急速な伸びにはつながらなかった用途のひとつだろう。
一方、米国においてはCNG(圧縮天然ガス)自動車タンクや消防士が使用する空気呼吸器などに使われ始めた。欧州での風力発電用ブレードなども伸びている。産業用の中心であるモールディングコンパウンド(チョップドファイバーを熱可塑性樹脂に混入して補強や電磁波シールド性を付与)に加え、こうした新たな産業用途への広がりがPAN系炭素繊維を支えている。すでに、産業用はスポーツ用を抜いてPAN系炭素繊維最大の用途に育っているからだ。
しかも、今後五年間で産業用の需要量は約二倍増の一万トン強に達すると言われている。産業用での用途開拓と並行して米国ではゴルフシャフトのカーボン化、欧米での航空機需要の回復なども重なり、PAN系炭素繊維の需給バランスは一気に改善し玉不足に陥るまでになったため、リーダーである三社が内外での増設に踏み切ったわけだ。
PAN系炭素繊維はプリカーサーと呼ばれるアクリル長繊維(焼成すると重量が半減するため、生産量は焼成能力の二倍)を焼成して製造するが、品種の切り替えが多いこともあって実生産能力は公称能力の七〇%前後と言われる。
現在、東レは年産五千五百トン、九九年建設中のCFA(トーレ・カーボン・ファイバーズ・アメリカ)が立ち上がれば、フランスのソフィカール社を含め同七千三百トンに拡大する。二番手の東邦レーヨンはドイツのテナックス社と合わせた年産五千百トン、三菱レイヨンは米国のグラフィ社を含め同三千四百トンの能力をもつ。三社合計の総生産能力は現在、一万三千五百トン。東レのCFA立ち上がりと、産業用で急成長しているラージトウ(太物)メーカーの増設などから、一時的に需給バランスの崩れが懸念されているが、それを吸収できるだけの用途開拓は着実に進んでいる。