アジア繊維産業と日本(3)ベトナム 中国プラスワンへ着々
2008年03月26日 (水曜日)
日本のベトナムからのアパレル製品輸入はここ数年伸び続けている。1997年のアジア通貨危機以降、輸入はいったん減る傾向にあったものの、2004年から再び増加に転じ、2007年のアパレル製品(付属品を含む)の輸入量は金額ベースで前年比12・8%増の833億5300万円となった。2007年に世界貿易機関(WTO)に加盟、日本とは09年の発効に向けて経済連携協定(EPA)の協議が進む。日本のみならず欧米への輸出も活発化、進出する日系企業のなかには三国間貿易での拡大を狙う動きも広がる。
相対的に優位性/日越関係強化も背景に
昨年11月、ベトナムのグエン・ミン・チェット国家主席が来日、大阪で講演した際、「経営環境は日々整備され、労働者も若く、柔軟、勤勉で新しいものを受け入れられる素地がある」と、ベトナムへの投資に対する優位性を説明した。
一方で「認めなくてはならない欠点もある」と指摘。インフラの弱さ、経営管理層・技術者などの人材不足、裾野産業の未発達、行政手続きの遅さを挙げ、それらの欠点に対し「我々自身、決意を持って克服するが、皆さんの力も借りながら改めていきたい」と、協力を仰いだ。
日越の政府間では、ベトナム南北を縦断する新幹線・高速道路の建設構想、ホアラック・ハイテクパークへの投資促進の3大案件に加え、ハノイ、ホーチミン両市の交通渋滞緩和に向けた取り組みで協力が約束されている。このような両国間の良好な関係は当然、投資を考えるに当たって、一つの選択肢となるはずだ。
チェット国家主席は「米国が対越経済制裁を実施していたときも日本は助けてくれた。その恩を忘れない」と感謝の念を示すとともに、「過去を閉じて、将来に向かって皆さんと発展を分かち合っていきたい」と、日本に対する期待を表した。このように対日感情が比較的良い点も、長期的な投資リスクに対して優位性がある。
蝶理の木村守克ホーチミン事務所長は「10年前に比べ、その優位性は下がっているが、他国と比べ相対的な意味でまだ優位性がある」と指摘する。とくに中国ではワーカーの雇用や待遇に関する問題が多く発生してきており「回避的にベトナムへの発注が増えている」と言う。社会的・政治的に安定していることや、都市周辺のインフラ問題はほとんどないといった点も、他の東南アジア諸国に比べ優位な状況だ。日越EPA交渉内容次第では、対日向けのメリットがあり、その点でも期待が大きい。
年々上昇する人件費/労務面での注意必要
実際、投資する日系企業がベトナムの優位性として挙げるのは、やはりワーカーの人件費だ。ハノイ周辺では月平均で80~100ドル(1ドル=約100円)、ホーチミン周辺では90~110ドル、それ以外の地域では70~80ドルぐらいとなっている。
伊藤忠商事の小林宗太郎ホーチミン事務所長は「ワーカーの人件費は中国と比較して20%程度安いものの、賃金の割に品質は高い」と指摘。NI帝人商事の三宅孝治ホーチミン・ハノイ駐在員事務所長も、タイを除く東南アジア地域(カンボジア、ミャンマー、バングラデシュ)のなかでは労働賃金はやや高めだが「ある程度インフラが整備されている点、またベトナム人の真面目な気質も優位性の一つである」と答える。
しかし、人件費の高騰は高い成長率と相まって毎年2ケタ近く伸びる勢い。2008年1月から最低賃金が外資系企業で約10%、国営企業で約20%上昇したことを受けて賃金が上昇、物価上昇率も10%を超えており、「今後も上昇するものと思われる」(伊藤忠)と言う。
ホーチミン地区では人件費高騰、ワーカー不足を理由に、すでに市内から郊外(車で2時間から最長5時間)に工場を移転、ドーナツ化が始まっており「中国の上海地区の10~15年前の状況と似ている」(同)との声もある。
また、労賃にも関係があるが「都市部でのワーカーの縫製業離れ」(蝶理)も気になるところ。「ホーチミンは地方労働者が多いが、賃金差で移動が激しくなっている一方で出身地に働き場所があれば戻る傾向も出ている」と、懸念材料を挙げる。日本語の可能な人材確保もITなど他産業に流れる傾向があり、難しくなっているのが実情だ。
労務管理の面でも注意が必要だ。野村貿易のライフ部門アパレル事業部大阪アパレルBGの永谷孝広部長は、知り合いの工場で3回もストライキを起こされた例もあり「残業代や休日手当て、昼食の改善などの管理面でかなりの注意を払っている」と言う。ベトナムでの事業を拡大していく企業にとって、やはり人材は要。法を順守し、違反のない労務管理が長期的な事業の継続につながる。
調達物流に大きな課題/発展のカギ握る
問題は人件費の高騰だけではない。「川上・川中のレベルが低く、縫製用原材料をほぼ輸入に依存している状況」(NI帝人商事)であり、繊維産業において「縫製段階のウエートが高いことは、国際競争力という点で課題を残す」との見方がある。やはりポスト・チャイナと呼ぶにはまだまだ多くの課題が残っている。
「生地・付属の現地調達困難に起因するリードタイムの長期化」(伊藤忠)も大きな課題。
最近では昨年10月から服飾資材商社の清川などが、ホーチミンに工場を設立し、操業を開始したが、川上、川中の段階はまだまだぜい弱性が見える。
また生産に直接関係するわけではないが、ハノイ、ホーチミン市内の交通渋滞は「かつてのタイ・バンコクの様相に似てきており、影響は小さくない」(蝶理)との声もあり、気になるところだ。
ただ物流網は年々整備されつつある。2006年12月にメコン川に架かる第2メコン国際架橋が日本の支援を得て完成した。ベトナムのダナンからラオス、タイまでを経てミャンマーのモウラミャインに至る、4カ国を結ぶ全長1450キロのハイウエー、すなわち“東西回廊”の一部が開通した。
中国、インドという世界の巨大市場を背後に控え、回廊が完成すれば間違いなくモノの流れは大きく変わるはずであり、調達物流を含め、期待が懸かる。
日系企業の進出活発化/工場の新設、増強加速
ここ数年、日系企業のベトナム進出が再び活発になってきた。商社では住友商事が昨年10月、ハノイに全額出資のベトナム現地法人「ベトナム住友商事」を設立した。大手総合商社では06年12月に特別認可を得た三井物産に続いて2社目となる。繊維関連の事業は当面、ハノイ、ダナン、ホーチミンの3事務所を通じてビジネスを続けている。
伊藤忠はハノイ周辺でドレスシャツを生産するトミヤアパレルとの合弁工場「T・I・N」を保有、数社の協力工場を持つ。ホーチミン周辺ではオフィスユニフォームを生産する子会社の「ユニマックス・サイゴン」や、レディースインナー生産の「カドリール・ベトナム」などの工場があり、安定したキャパを確保。北部地域ではドレスシャツ以外にもユニフォームやジーンズ、スポーツウエアなど生産アイテムの拡充を図る。ベトナム全体では、協力工場へ設備投資支援を含む専用ライン・専用工場の構築により、取り組み型取引が拡大しつつある。
スポーツ衣料を年間約80万枚生産するグループ直営の「ファッションフォースNO・1ファクトリー」と、13社の主要協力工場を有するNI帝人商事は、主力OEM事業の基盤を増強している。ハノイ近郊の紳士服縫製工場では、年間10万着から20万着へ、ブラックフォーマル向けは同5万着から10万着に生産規模を拡大するなど積極的な投資を進める。
住金物産は全額出資工場「SBサイゴンファッション」を軸に4年前からベトナムでの生産アイテムの方向を転換し、レディース分野のジャケットやコート、パンツ、スカート、ワンピースなど百貨店の店頭に並べる中高級ゾーンの布帛製品を生産し、着実に取扱量を拡大している。
野村貿易は全額出資の縫製工場「野村タンホア」で、ワーキングウエアの生産を本格化、早期にカジュアル衣料などの生産にも乗り出す。 ベトナムではほかにも2拠点を持ち、2010年ころまでに新工場の稼働や既存工場の能力拡大により、ベトナム全体で年間300万点の生産規模を目指す。
ホーチミンやハノイ近郊の10工場を活用する三井物産インターファッション(MIF)は、メンズとスポーツの生産を拡大するとともに、レディースも視野に入れる。社内に「ベトナム推進委員会」を発足させ、とくにレディースは日系企業と香港企業の活用によるベトナム生産のアライアンスを強化しながら、ニット生産の拡大を進める。
昨年8月、ホーチミン事務所を開設した田村駒は、ベトナムでユニフォームやスポーツカジュアル、デザイン性の高いテーラードアウターなど、納期に余裕があって品質レベルの高い製品の生産を開始した。
商社だけでなく副資材関係で、清川がホーチミンに服飾資材の製造、加工を手掛ける工場「清川ベトナム」を設立。当面、マーベルト、インサイドベルト芯地などスラックス向け資材の加工を中心に年間150万本の対応を目指す。
第三国向けも視野/圧倒的に多い欧米向け
ベトナム縫製紡績協会によると、2007年のベトナム縫製品の輸出額は前年比31%増の78億ドルに達した。うち米国は前年比34%増の45億ドルと首位で、次にEU、日本と続いた。
今年の輸出額は前年比23%増の95億ドルを見通す。内訳は米国向けが55億ドル、EU向けが18億ドル、日本向けが8億ドルとの見通し。ベトナムに進出する日系企業のなかには当然、圧倒的に多い欧米への輸出を狙う動きも加速してきた。香港の拠点でオペレーションし、ベトナム縫製拠点を活用したグローバル戦略が進展しつつある。
伊藤忠はベトナムからのシャツ輸出で、日本だけでなく欧米も含めて前年比30%増を計画。「ワンダフル・サイゴン・ガーメント」を基盤に、ユニフォームとシャツのベトナム生産を推進する丸紅は、米国向けカジュアルパンツ生産を軌道に乗せるなど、三国向けも順調に拡大しつつある。
ベトナムでの生産基盤を強化しつつあるNI帝人商事は今月、米国大手カジュアル向けに、年産15万着規模の工場を立ち上げた。ベトナムに3工場を持つ野村貿易も、ユニフォームだけでなくカジュアルの生産を開始するとともに、欧米向けの対応も模索する。
スミテックス・インターナショナルは、「サミット・ガーメント・サイゴン」の規模を拡大。大手百貨店アパレルや東京のセレクトショップ向けだけでなく、企画開発チームと連動しながら、欧州マーケットへの展開も狙う。
もちろん欧米だけが市場ではない。蝶理ではベトナム縫製を活用したトーブの製品OEMビジネスをサウジアラビア向けを中心に深耕。
トーブの縫製はシャツの縫製よりも難易度が高く、長年の取り組みで技術力の高い工場を確保できる優位性を強調する。
アジア全域に拠点広がる
ミャンマーやラオス、バングラデシュなど、アジア全域に縫製拠点が広がりつつある。とくにミャンマーは昨年、日本への輸入高でみると布帛製衣類が前年比28・1%増の1221万着、金額が同33・7%増の111億3700万円と躍進した。
ユニフォームやシャツなどを中心に、伊藤忠や丸紅、MIF、野村貿易、クラレトレーディングなど多くの商社が進出、あるいは検討しており、今後もミャンマーの縫製拠点を活用したビジネスが活発化する可能性が高い。
ただ昨年9月末、僧侶・市民らの民主化を求める反政府デモと軍事政権の武力による制圧で首都ヤンゴンが騒然となり、工場の生産停止が起こるなど、政情不安を懸念する声は多い。米国の経済制裁を受け、ドル決済ができない点でも課題を残す。
ラオスでは昨年10月からヤギが合弁縫製工場を稼働、紳士ドレスシャツ、ユニフォームを中心に月間8万枚を生産する。タイで生産する欧米市場向けの製品生産をラオスの新工場に振り分けるほか、自社の生産背景を保有することで欧米向けの拡大を狙う。
他にも山喜がシャツの生産でラオスを活用している。
バングラデシュでは伊藤忠の香港プロミネントアパレル(PAL)が、伊藤コーポレーション(ダッカ)との合弁によりジャカードニットのモデル工場I・P・JAQニッティングを設立。素材から製品、販売までのSCMを集中管理し、5年後には500万ドルの売り上げを目指す。
中国での生産コストの上昇が如実になりつつあるなか、アジア各国での生産拠点構築が今後も進んでいきそうだ。