アジア繊維産業と日本(2)インドネシア 再構築終え次の段階へ

2008年03月25日 (火曜日)

 インドネシアの日系繊維製造業は、将来に向けて新たな事業構造の構築に注力する機運が高まっている。この国では05年の産業向け燃料価格補助金の撤廃などにより、一時は内需向け製造業を中心に経営が悪化。繊維では問題視されている密輸品を含めた中国品との競合などもあり、昨年までには撤退・縮小の動きも見られた。しかし、この間に事業の再構築が進んだ。経済情勢も改善基調にあり、為替はASEANの中では比較的安定している。原料高への対応、生産品種構成の変換、加工、物流、縫製などの仕組み構築など課題は多いが、日々現地で奮闘する駐在員の多くは、この国の可能性を感じている。

体制整備ほぼ完了/エネルギー転換進む

 製造業にとって、この国の魅力の一つは安価な労働力だろう。最低賃金は上昇基調にあるが、労働力は豊富。2億人を超える人口は増加傾向にあり、「製造業として息長く続く可能性がある」(KUMATEXの浅原茂社長)、「コスト的な競争力がある。工場の場所も関係して、労働力の確保に不自由はない」(コンドーボー・テクスティンドの小田桐正伸社長)と言う。

 またタイなどでは通貨高に悩まされる日系繊維製造業が多く見られるなか、インドネシアの為替は比較的安定した推移となっている。ドル・ルピア相場は06年初めから1年半超1ドル=9100ルピア近辺で推移。昨年8月に9400ルピア水準にまで下落する局面はあったが、再び前記の水準に戻した。07年通年ではASEAN通貨の中で、唯一対ドルで下落している点が特徴的である。

 日系繊維製造業が次の段階を見据えた絵を描こうとする段階に入った背景は各社各様である。一例を挙げると、安価で豊富な労働力といったインドネシアの強みに加え、「日本の生産設備縮小により、グローバルな生産体制構築の重要性が高まっている」「中国での人件費上昇や人民元高によるコストアップ」などがあり、インドネシアを再度見直す機運が出てきたことなどが挙げられる。そして、次の段階を目指そうとする基盤になっているのは、「将来に向けた投資を完了させた」ことである。

 最も大きなものはエネルギー転換投資である。例えば東レインドネシアグループは03年後半から50数億円をかけて、重油による自家発電から石炭ベースもしくは天然ガスベースへの転換を一昨年末で完了させた。今年はフルに効果を発揮する見通しで、重油を使用し続けた場合と比較して、年間2ケタ億円の効果を見込む。

 帝人系のTIFICOも重油から石炭に変え、昨年後半から安定的に稼働。クラボウ系のKUMATEXは06年末に1000万ドルの増資を実施したが、このうち500万ドルを使ってエネルギー転換投資を行い、将来に備えた。このほか東洋紡系のトウヨウボウ・ニッティング・インドネシア(TKI)も、07年中ごろからLNGとLPGの併用にするなど、多くの企業がエネルギー転換投資を完了。昨年は一部で天然ガスの供給が不安定になったこともあったが、今年は各社とも安定的な投資効果を見込む。

 エネルギー転換投資同様、品質投資や生産設備の更新も進んでいる。近藤紡績所系のコンドーボー・テクスティンドは中番手の純綿糸を主体に月5400コリを生産する。品質向上のために数年をかけてコンタミ除去装置の設置を進めており、「昨年までにほぼ100%設置を終えた」と言う。

 また日清紡系のギステックス・ニッシンボウ・インドネシア(G&N)は、昨年5月までにシルケットと樹脂加工設備の更新を終え、加工能力を月200万ヤードに回復させている。

 こういった投資のほか、人員の削減、借入金の圧縮や在庫の縮小などによる財務体質の強化なども進んだ。今年はさらなる原燃料価格の上昇や綿花高などが懸念される。省エネによる絶対量の抑制など「さらなるコストダウン」は各社に共通した今年の重点課題となるが、その前提となる体制整備はほぼ完了したといえる。

次段階見据え拡大投資/設備の更新も進む

 将来に向けた体制整備を終えた企業は、次の段階へ進むための取り組みを加速させつつある。事業拡大に向けた設備投資に加え、生産品種の転換、新規事業の創出などを狙う動きがみられる。

 東レインドネシアグループは昨年、ITS(ナイロン長、ポリエステル長・短の重合・製糸)を東レグループ100%出資の形に変更。ISTEM(T/Rの紡・織・染)、ACTEM(アクリルの紡・糸染め)についても、増資を行うとともに東レ100%出資の形に変更する計画だ。「事業を再構築し、今後拡大のための投資を行っていくにあたり、東レグループ100%にして意思決定を迅速化する」(新家谷芳夫・インドネシア東レグループ統括)ためである。

 またETX(T/Cの紡・織)は今年、紡機を4万3000錘増設して、14万錘体制とする。紡・織一貫による展開を拡大するためだ。織機の更新により、織布能力は月730万ヤードから同800万ヤード(08年平均値)に向上するなか、糸が足りない部分は買い糸で補っていたが、紡機の増設によって自社糸に替える。CTX(T/Cの紡・織・染色)も織機更新で月345万ヤードに能力を高める計画で、ここにもETX増設分の糸を活用する。CTXは染色機の広幅化を昨年までに完了させ、並幅、広幅の双方に対応できる形としている。

 ダイワボウ系のプリマテキスコ・インドネシアは、舞鶴工場(ダイワボウマテリアルズ)から織機を移設中で4月に稼働させる。現在はエアジェット(AJ)織機346台、シャトル織機336台の体制だが、さらに30台が増えることになる。

 この設備はこれまで生産していなかった広幅の高密度織物用であり、今期はプラスαの材料になる。今後、これに合わせて7万7000錘ある糸の生産内容についても細番手化が進むことになりそうだ。さらに昨年にドビー織機10台を導入するなど織機のドビー化を進めており、今後は生産品種の多様化が進みそう。加工設備についてもブリーチングを3基体制に拡充し、マーセライズを2基から3基に増やす計画だが、ここでも「広幅化を進める」考えである。

生産内容の転換進む/高付加価値化に注力

 クラボウ系のKUMATEXは、これまでユニフォーム用のみだったが、昨年に広幅のAJ織機6台を導入し、ボトムスを中心とするカジュアル素材の生産を開始した。今後もカジュアル素材の生産を増やすために「来年以降、年6台をめどに増設を検討していく」と言う。将来的にはユニフォームとカジュアルの2本柱にする計画で、現状は織機62台だが、将来的には100台体制を見据えて戦略を立てる。

 また主力のユニフォーム素材については「生機では国際競争力が弱い」とし、加工反での展開を増やす。昨年から白物でスタートしたが、今年末までに色物の展開を開始する。染色加工は協力工場を活用するが、クラボウの技術者を派遣して品質確保に努める。品種はクラボウ・徳島工場とバッティングしない形にして住み分けする。

 東洋紡はトウヨウボウ・ニッティング・インドネシア(TKI)とシンコウ・トウヨウボウ・ギステックス・インドネシア(STG)を活用した生産システム「GPS(ガーメント・プロダクト・システム)」を日本向け中心に展開。

 TKIはもともと綿の工場としてスタートしたが、現在は合繊の比率を高めている。ここでは国内で展開している特殊素材の移管を進めており、「レギュラー品はほぼない状況」だと言う。生産品種はスポーツ素材が主体だが、最近は「ドライアイス」「ドライファスト」などが増えている。現状、加工能力は月130トンだが、このうちポリエステル100%とポリエステル・綿混で95%を占め、綿100%は5%になっている。

 日清紡系のニカワ、G&Nも生産内容の転換が進みそうだ。ニカワは07年下期、借入金の圧縮や在庫削減などとともに、商品の付加価値化を進めた。今期も不採算品種を縮小し、利益率の高いものにシフトしていく方針だ。これに伴い、生産体制もかつての少品種・大量生産から中品種・中ロット生産に移行してきている。

 G&Nは今年度、欧州向けなどを伸ばして前年比200万ドル増の売上高3000万ドルとし、営業利益率を改善させる計画である。これに向け、コストダウンや原燃料高分の価格転嫁を進めるとともに、「商品の付加価値化」に注力する。すでに日本とほぼ同じ設備をそろえる(液アン加工機を除く)。さらに日本と同レベルの品質と納期管理ができる体制になっており、美合工場での開発を移管しての新商品展開も進んでいる。

インドネシア内需狙う/自動車向けなど拡大へ

 インドネシアでは04年10月にユドヨノ政権が発足してから3年が経過。この間、マクロ経済は5%超の成長率を維持するなど総じて順調に推移している。07年の実質GDP成長率は6・3%を達成し、製造業も4・66%と堅調。とくに運輸・通信、建設、商業(ホテル・レストラン含む)が高い伸びを示している。また海外からの投資も増加傾向にあり、07年の投資承認額は前年比2・6倍増の400億ドル超となった。国別順位は米国が1位で全体の約3分の1を占め、日本は前年と同じ第7位になっている。

 今後の経済発展を見据え、インドネシア小売市場に向けた取り組みが出てきた。中間所得層の増加に加え、現状ではインドネシアの富裕層はシンガポールにまで出掛けて高級ブランドを購入するケースが多いが、それをインドネシア市場にとどめようとする動きが出ていることなどもある。

 伊藤忠インドネシアは今年から、日本本社と連携してインドネシア市場でのブランド展開を開始する。「レスポートサック」を今年末から始め、「ハンティングワールド」も来年に導入する計画だ。「レスポートサック」は改装中のプラザインドネシアで第1店舗目を開いた後、順次店舗数を広げていく計画だ。版権を保有するブランドについてはライセンスビジネスの展開も視野に入れる。

 また、丸紅インドネシアも「長期に見ればこの国の小売りは魅力があり、進出したいと考えている。」(福田正樹繊維部長)と語る。解決すべき課題もあり、すぐに始める段階ではないが、「どこかと提携して参入できないかなど、いろいろと可能性を探っている」と言う。

 発展が見込まれる自動車向けなど資材分野の拡大も重要なテーマになる。インドネシアの自動車販売台数は昨年から好調に推移。現地商社は「現状では資材を自国内で調達しきれず、タイなど海外から輸入するケースも多い」とし、輸入ライセンスの活用など様々なビジネスチャンスを探る。自動車向けだけでなく、生活資材なども拡大が見込まれる。

 伊藤忠インドネシアが展開する資材分野は、ガムテープ基布などを展開している。合弁工場で生産する電気毛布も、糸からの一貫生産による品質と価格競争力を強みに堅調に推移している。今後は新たにカーペットの生産も始める計画だ。また天井材や、いすの表皮など自動車関連も伸びているほか、生産アイテムを広げた日系衛生材料メーカーへの原料供給も拡大が見込まれる。

 NI帝人商事インドネシアも、欧米向けや日本向けを中心に、インドネシア生産によるテキスタイル・縫製品の拡大を狙うほか、産業資材にも注力する。産業資材は帆布のほか、その周辺商品や新たな分野での拡大も狙う。

 新たな事業構築が課題になるなか、素材メーカーにおいても「インドネシアにおける新事業の構築が今後の重要課題。切り口として水処理や自動車などが候補に挙がっている」(東レインドネシアグループ)、「自動車産業などネタはいろいろとある」(TIFICO)といった動きがある。

縫製回帰やEPA期待/日本向け拡販の動き

 「チャイナ・プラスワン」の流れについては、素材、縫製とも「これまでの実感としてはあまり恩恵を感じられない」「縫製がどこまでインドネシアに戻ってくるかは疑問」という声もある。しかし一方で、「EPA(経済連携協定)の件もあり、次のシーズンに向けて注目が高まっている」「取引のあるインドネシア縫製メーカーの中では、欧米向けなど輸出マインドが高まっている」など明るい兆しも出てきている。

 昨年8月、自由貿易協定(FTA)を含む経済連携協定に調印。昨年12月にインドネシアとは批准済みで、この効果を期待する声は多い。縫製能力や加工、物流などの面から量的には慎重な見方を示す向きもあるが、多くの企業が「次に向けた問い合わせは増えている」「商量拡大に期待がかかる」「まだ実感は少ないが、やりやすくなる」と期待する。

 日本との連携も強まる。東海染工系のTTIは「日本向けの拡販体制をこれから敷いていくことになる」と言う。EPAの件もあって昨年から問い合わせが増えているためで、日本本社と住み分けしながら拡大を狙う。また日本向けを中心とするTKI、STGも「スポーツはEPAの関係で、次シーズンに向けた引き合いが増えている」と言う。縫製品にしての輸出拡大を狙っており、STGは昨年に増設を実施。今後、・日本国内で通用する品質の確保・特化素材の強化―を進めて拡大を狙う考えだ。