21世紀の企業像を聞く

2000年10月25日 (水曜日)

トップインタビュー

<クラレ・社長 和久井康明氏>

 来年度から始まる第五次中期経営計画の策定作業に入ったクラレ。和久井康明社長は「環境やITなど、成長分野で事業を大きく拡大していく」と語る。そのためには強くなった財務体質を生かして、アライアンスやM&Aも積極的に展開する構え。「自前主義で、独自技術をベースにシコシコ増設するのが正攻法だが、それだけでは限界がある」からだ。繊維は拡大を志向せず、非ファッション・非衣料へのシフトなどを通じ、内容の充実を図る。化学企業の繊維事業という性格がますます強まりそうだ。

  ――社長に就任されて約四カ月。この間の経済環境をどうご覧になりますか。

 政府発表では回復傾向にあると言います。マクロ指標では確かにそうかも知れませんが、我々が実感する国内の環境は一部を除き、決して良くなっていません。とくに繊維が製品輸入の急増で厳しいから余計にそう感じるのかも知れません。

  ――上期、繊維事業部門は苦戦を強いられたようです。

 産資・リビングはそこそこ堅調、生活資材も概ね順調ですが、衣料が厳しかった。製品輸入の増加は、国内ミル消費の減少だけでなく、製品の低価格化の影響もあります。

  ――化学品は?

 量的にはまずまずですが、収益面で原油高の影響を受けました。販売価格への転嫁を進めましたが、上期では原燃料の急激な値上がりに届きませんでした。

  ――クラレの化学品はオリジナルな差別化品が多く比較的、価格転嫁は容易かと思っていましたが。

 「ポバール」の場合、シンガポールの新工場を昨年立ち上げ、パートナーの日本合成化学と二万トンずつ販売しています。東南アジア経済の復活で、ほぼフル生産になっていますが、インドネシア・ルピアに代表されるように、輸出先の通貨が弱いことなどから、値上げしにくい状況にありました。

 「セプトン」「ハイブラー」など熱可塑性エラストマーは、確かに一部用途で玉不足になっていますが、全体としてみれば、加硫ゴム代替、無公害型ラップフィルム用途などこれから需要を開拓していく商品ですから、原料が上がったからハイ値上げとはいきません。

  ――すると業績は。

 連結はまだ集計中ですが、単体ではさほど大きくはないですが、計画に対し未達成になると思います。

  ――その中でも二十一世紀をにらんだ設備投資には積極的でした。

 投資金額の大きい順に上げると、熱可塑性エラストマーの米国新工場建設に八十億円、ビニロン・フィルムは西条工場増設に三十億円、中条工場のオプトスクリーン増設に十二億円、新規耐熱性ポリアミド樹脂「ジェネスタ」は西条工場増設に十億円強、同じく西条工場ではPVAゲル「クラゲール」の量産プラント建設に十億円、「エバール」はベルギー工場の能力増強に三億円。合わせて百五十億円弱になります。

  ――下期の景況見通しは?

 個人消費が回復するとは思えない。雇用不安も続いていますからね。懸念するのは原油高とユーロなど為替の動向です。ユーロ安は上期でも、欧州向け輸出が多い「クラリーノ」が影響を受けました。

  ――その環境の中で下期の重点課題は何ですか。第四次中期経営計画の仕上げとなる半期でもあります。

 当面の最大の課題は値上げによる採算の改善です。下期も原燃料高騰に同時に「エバール」や医薬中間体などの増販も進めます。繊維は収益力強化が課題です独自性・機能性をより追求する施策を立案・実施していきますし、レーヨン長繊維は三月末に向け、粛々と撤退の準備をしています。

 グループ経営の課題としては上期、クラレトレーディング子会社であるクラトレ加工とクラレエックスエーのクラトレへの統合、クラレ新潟化成と上幸プラスチックの統合、クラレテクノ中条とクラレ中条アクリル加工の統合など関連会社の再編を実施しましたが、新中計に向け再編が必要なものは順次進めます。とりあえずテクノソフトとセクリールを合併しテクノソフトにすることが決まっています。

  ――次期中期経営計画の策定作業の段取りは。

 これも下期中の重要課題の一つです。十月末には各事業部門、グループ会社からの計画案が提出され、私を責任者とする策定委員会との間でキャッチボールしていきます。来年二月には発表するようにしたいですね。

  ――キーワードは何になりますか。

 これから論議するわけですから…。ただ繊維や化学品などというセグメントで考えるのと別角度から言えば、環境やIT(情報技術)といった成長していく分野に向けた事業を拡大したい。環境関連では活性炭や「クラゲール」、「ジェネスタ」など三百億円弱の規模です。当社の製品のほとんどはC(炭素)やH(水素)で成り立っており、いわば環境に優しい企業なんです。グリーン企業、エコ企業というイメージを前面に打ち出していきたいですね。

 IT関連では光学用ビニロン・フィルムやオプトスクリーンが好調で、現状は年間約二百億円の規模です。

 二つを合わせると連結売り上げの約一五%。九〇年度に四二%対五八%だった繊維・非繊維の割合を十年かけて三対七くらいに持ってきたわけです。これからの十年で今一五%の環境・ITを三割程度まで引き上げるようにしないと、二十一世紀に飛躍できません。

  ――繊維事業については。

 売上高が増えるとは残念ながら考えられませんので、内容を充実させていくことが求められます。これだけの市場構造変化への対応が立ち遅れた面は否定できません。エバール繊維「ソフィスタ」など独自性のある商品開発に力を入れる一方、全体としては非ファッション衣料、非衣料の用途へシフトしていくことになります。

  ――グループとして事業規模をどう拡大するかも課題になります。

 今期の予想は売上高三千三百五十億円、経常利益二百六十億円。私としては五年後に四千五百億円、四百億円くらいまでは大きくしたい。

  ――第四次中計ではアライアンスやM&A(企業の合併・買収)も積極的に推進するとなっていましたが、目立ったのは日本合成化学とシンガポールで「ポバール」合弁くらいにとどまりました。次期中計では?

 二十数年前、当社は自己資本比率が十数%まで落ち込み、財務体質は悪い方から数えた方が早いような時代を経験しましたが、第三次、第四次中計を通じて相当改善されました。個人に例えるとサイフの中に千円札が数枚しかなく、買いたいものも買えない時があったものですから、万札が何枚も入っているのに買おうとしない、つつましい風潮があるように感じます。

 無駄使いはいけませんが、成長シナリオをきちんと描けるなら、使うべき資金は思い切って使うつもりです。自前主義で、独自技術をベースにシコシコ増設していくのは正攻法ではあるんですが、限界がありますから。

  ――アライアンス相手は海外企業が中心になりますか。

 必ずしもそうではありません。「グローバル・スタンダード」という言葉がはやっていますが、欧米流の資本主義と日本の資本主義とでは、コーポレートガバナンスを含め、しっくりいかない面もまだまだありますから。今考えているのはまず国内優先です。事業提携やM&Aだけでなく資本参加、共同出資で新会社設立などいろんな手があります。

(私が選ぶ20世紀最大の出来事)

 第二次世界大戦が終了してから九一年にソビエト連邦が崩壊するまで、半世紀近く世界は東西冷戦の時代。「なぜこんなに長く冷戦が続いたのか、核兵器が発明されたからだ」と和久井さん。米ソ両大国が大量の核兵器を抑止力として配備し、にらみ合っていたからそうなったのだという。「もし通常兵器しかなければ、全面戦争が起こった可能性もあっただろうし、ソ連が勝って、世界中が計画経済になっていたかもしれない」。ところが計画経済に対する市場経済の比較優位が徐々に明らかになり、冷戦終結後、市場経済化がグローバルに進んだ。「いろんな意味で二十世紀最大の出来事は核兵器の発明ではないか」。