誕生秘話・ダーウィンの海を越えろ/東レ「フォレッセ」(上)セルロースを溶融紡糸?
2009年04月20日 (月曜日)
技術開発には基礎研究から応用研究、製品化、そして事業化に至るプロセスがあるといわれる。その各段階の間には「魔の川」「死の谷」そして「ダーウィンの海1」「同2」という4つの大きなギャップがある。この4つのギャップを乗り越えない限り、新技術は完成したとはいえない。本連載は、まさに事業化に向けて、ダーウィンの海を越えようとする新素材の物語である。
2006年9月、東レが創立80周年記念イベントとして開いた「東レ先端材料展」。そこで、オレンジとターコイズブルーの2つのニット製品に関心が集まっていた。ミヤケデザイン事務所の協力により制作されたこの製品が注目されたのは、その鮮やかな色と奇抜な製品だけではない。世界で唯一の新素材である熱可塑性(溶融紡糸)セルロース繊維「フォレッセ」が使われていたからだ。
基礎研究から携わってきた繊維研究所の主任研究員、荒西義高はフォレッセを使った製品を眺めながら「ようやくここまで来たか」とこれまでの道のりを振り返るとともに、本格事業化に向けて改めて気を引き締めていた。
「非石油」。00年、東レの合成繊維開発拠点である繊維研究所(静岡県三島市)で、ある天然由来の新素材の研究開発が始まる。ポリエステル長繊維が主体の研究担当者らが、環境問題の高まりなど時代の変化を背景に非石油原料の探索。その一人である荒西はすでにポリ乳酸の研究に携わっていたが、「世の中にはセルロースという天然原料が数多くある。それを活用できないか」と考えた。
非石油で再生産可能であり、生分解性を有する環境対応材料であるセルロース。それを原料にした繊維にはレーヨンやアセテートがあるが、既存のセルロース繊維は有機溶媒を使用した湿式紡糸。断面形状や繊度などにも限界がある。ポリエステルやナイロンのように原料を溶かして紡糸できないか。
担当者はこの難題に挑むが、溶融紡糸するためにはセルロースを熱可塑性(融点まで加熱することによって軟らかくなり、目的の形に成形できること)にすることが必須だ。しかし、ポリエステル樹脂を原料とするペットボトルは加熱すると溶けるが、セルロースからなる木材は熱分解してしまう。
荒西をはじめ研究員の試行錯誤が始まる。(文中敬称略)